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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第三章 本拠地阿蘇山島
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第三十二話 警鐘

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はじめに


 あなたは何を思ってこの本を手に取りましたか? もう過ぎ去ってしまった過去を覗くため? そうだとしたら、この本を閉じてしまいましょう。

 この本は歴史書ではありません。ですから、ここでは、過去のことを時系列で丁寧に説明されてはいません。


 あなたがこの本を読んで得られるのは、過去と今が大きく違うということ。もしくは、過去を知らない今の人が、過去に失われたものと、今だから得られているものが何かを知ること。ただ、それらは上でも述べたように客観的事実の羅列ではなく、私の主観的考察の集合です。

 

 それでもあなたがこの本を読むことを望むなら、この先を読んでください。過去を生きてきたあなたに、もしくは、過去を知らないあなたに、何か得るものがあることを私は望みます。


――――/――/――  ――……

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 どうやらページの最後に記述されている筈の、この文章の執筆日時と、著者の名前はその上に引かれた斜線と破れで識別できない。


『な~んか、読みにくそうな本やなあ……。読者を最初で追っ払うってどういうことやねん、この作者……。』


 苦い顔をする少年。しかし、次のページを開くことにする。これで引き下がるのは馬鹿らしい。





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 氷河全融解の起こった原因は現在でもはっきりと特定されていない。その理由としては、氷河全融解が突如として起こり、あらゆる機械・電気を利用した技術が失われたことが挙げられる。

 氷河全部融解前の時代(以後融解前と表記)は、氷河全融解後の時代(以後融解後と表記)と比べて様々な技術がある時代だったのだ。

 あらゆる現象の分析、起こった結果からの原因の推測など、それらに必要なデータを望めば容易に収集することができたのだ。


 融解後は、融解前よりも文明レベルが低下している。失われたのは技術だけではない。


 失われたものの一つは、資源である。石油や石炭、鉄、木などなど、多くの資源は水に埋もれている。鉄などの金属は、もはや収集できない。それに、海水面が上昇したことにより、運よく残っていた電子機器、金属の使用された機械も全て錆付いてしまった。発電所も全て水の底。


 それもあり、海底奥深くに沈む石油は当然、もう採取できない。石炭も多くの採取地を失った。幸い、資源用の木は残っている。山地で育成しているものなのだったから。


 つまり、木と石炭。それくらいしか資源は残っていないようなものである。産業革命以前の水準まで文明は後退してしまった。

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 少年はその文章を読み進めながら困惑する。その本には、聞いたことのない言葉と、今の時代では知る者の少なくなってきた概念が多く出てくるのだから。


 顔をしかめながら、少年はそのページにその辺の薄めの本を挟み、本の最後の方のページを開く。用語集である。



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石油


 石炭のように、燃料としての使い道があった資源。融解前は、それ以外の使い道も多くあった模様。プラスチックと呼ばれる素材を作ったり、電気を作るために利用したり。


発電所


 電気を作るところ。電気は、融解前のあらゆるものを動かす動力源として働いていた。微小なものから、巨大なものまで。

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『なるほどなあ、分からんこと出てきたら後ろのこれ読みながら進めていったらいいねんな。……にしてもちょっと想像つかんけどなあ。』


 戸惑いつつも少年はどんどんと読み進めていく。



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 失われたものの一つは、情報である。融解前の時代では、世界中で起こった出来事が、自身のいる場所から動くことなく知ることができた。それが世界中の大事件であっても、世界のある町のゴシップネタであっても。


 溶解後は、世界中に張り巡らされた情報の網が消えた。それによって、あらゆる情報は、目の前にあるもの、目の前に形として残されているものからしか得られなくなった。

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『昔はもっといろんなことを簡単に見たり知ったりできたみたいやなあ。昔ってどんなんやったんかなあ? お父ちゃんお母ちゃんや、爺ちゃん婆ちゃんから少しは聞かされてたけど、あんま覚えてないんよなあ……。』


 そういった前時代の証人たちはどんどんと数を減らしている。もう本でしか知ることができないこともたくさんあるが、その本自体も数は十分ではないのだ。この時代には、大量印刷の技術などはもう失伝しているのだから。



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 失われたものの一つは、ルールである。


 最も人々が親しむルールとして、常識というものがある。慣習や慣例による、思考、行動の制限のことである。個人の自分勝手な行動を制限し、社会で衝突を減らすために使用されてきた。

 融解前は、国単位で、常識というものが存在した。あらゆる人々が基準とする知識や認識のことである。


 常識は、家庭で学ぶものと、その外にある社会で学ぶものに分けられる。しかし、その両方の方面で得られる常識というものが薄く、独自のものになってしまっている。

 そのため、融解前には決して如何なる理由があろうとも許されなかった私的刑罰は、融解後には容易に行われるようになってしまった。ただし、都市部はその限りではない。


 その理由としては、常識の希薄化による私的暴力への抑制力の消失、常識外の行動をしたときに指摘する者の消失、常識外の行動が、自身の行動圏外へ漏れることによる制裁の可能性の消失などが挙げられる。

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『要するに、俺の父ちゃん母ちゃんが受けたリンチは、この時代やから起こったって言うんか……。時代と場所が悪かったから、それだけでしゃあないことやと済ませろ言うんか……。』


 少年は怒りに体を震わせ、本を殴り、涙を流しながらも先を読み進める。自身にこの本が嫌な思いをさせたが、それは著者の意思ではなく、読み始めた自身が悪い、と少年は考えることができたのだから。それに、この本の内容に少年は興味が湧いていた。



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 この衰退した世界でも残っているものは多々ある。まだあれからわずか十年程度しか経っていないのだ。様々な技術が一瞬にして失われたとしても、物事の概念などは消えてはいない。


 技術が失われたならどうすらばいいか? そう、再現すればいいのだ。その成功の形は我々の頭の中に残っているのだから。

 そのために、"学校"と呼ばれる施設が現在、大変賑っている。人々に知識を与える教育を行ったり、人々が様々な考えを形にする研究を行ったり。そういったことをする場所である。最近では、その熱も冷めてきてしまってはいるが。やがて学校も姿を消すのであろう。



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 私が思うに、常識の消失というのが最も世の中に与える影響が大きい。社会の制度・様式が壊れた後に待っているのは、個人の暴力、つまり、欲望が跋扈(ばっこ)する、人が動物的に行動する時代である。もはや、人ではなく、ヒト、である。

 私が生きている今ですら、常識を亡きものにし、個人の欲望で好き勝手に暴れ、周囲の人々を不幸にする人間がどんどんと増え続けている。人々はどんどん我慢しなく、自重しなくなっている。


 この本を誰かが読み、心動かし、それを食い止めて、我々が再び人として生きていけるように世界を変えていこうとする誰かに成ることを私は祈るばかりだ。

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