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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第四章 託すに足る相応しき者たち
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第二百七十話 一緒に、ゆく……の――

 座曳と結。起こった変化はそれぞれ違う。


「あううあああ、ぎぃああああ、ぐぐぐぐぐぐ、うぁんうぁんうぁん、いぃぃぃぃぃぃぃ!」


 脈拍のない奇行と苦痛に満ちた叫びのような声を上げ、思うがままに、体を振るう。手を、足を、次々と、繰り出す。怒と哀の表情を代わる代わる浮かべて。


 シュッ、ビッ! ブッ、ビッ! シュッ、ビッ! ブッ、ビッ! シュッ、スカッ、シュッ、ビッ!


 煙纏う人影の肌を裂く。しかし、かすっているだけだ。薄く表面を裂くことしかできない。繰り出した、刃のように立てた手首から先も、蹴り上げた足とその立てて伸ばして刃のように振るう足先も、せいぜい薄皮一枚を裂く程度にしか当たっていない。勢いを上げ、速度と手数を上げ、それでも、それは、とうとう、当たることすらなく、躱されるようになってき始めていた。


 というのも、人影は禄に動かないのだ。大きな動きをしなくなった。無駄が無くなってきている。見切るように、受け流すように、いなすように、最小限の動きで、狂ったように繰り出される座曳の猛攻にあっさりとあっけなく対処している。


 それに、


「あはは、あはあははは、ひゃはははは、ひぃやぁあぁああああ、あはははは、あはははははは、ぎぃぃぃ、あはははははは、ふふふふふ、へへっ、えへへへへへへ」


 タタンタンタン、タタンタンタン、タッ、ビッ、グゥアン、タッ、タタタンタン、タン、グゥオゥン、タン、タン、タタン、ビュッ!


 座曳とは対照的に、結は喜と楽の表情を浮かべていた。顔を歪ませて笑っ恍惚な表情を浮かべて笑ってみせたり、そんな様子。瞳孔は開ききったまま。その瞳は光を失っている。結が浸食されているのは、肉体ではなく、精神。その成り立ち故に。


 踊りようなステップを踏み、不規則に、その柔らかな下半身を駆使する。蹴り脚、払い足、爪先立って、ステップ。跳ぶ。跳ねる。回る。臀部から深く後ろ向きに足を上げ、強烈に蹴り上げる。


 それらを、


 ビシッ、ビィン、ガコッ、メリメリメリッ、ブァシィィンンン! バコン!


 人影は、受ける、受ける、受ける。人影は、それを避けることはできておらず、まともに胴に入れられないように、主に手で、受ける。時折弾く。極稀に受け流す。座曳の攻撃を避けることに意識を割いているようであることと、結のその攻撃に慣れられておらず、後手に回っているかのよう。


 そんな状態であるのに、戦っている三人に、周囲は巻き込まれない。弧を描くように、周囲の船員や子供たちによる輪になった半径十メートル足らずの囲いの中、不規則に弧を描くように、外にいったり中心に戻ったりを繰り返しつつ、その範囲の中で戦っている。


 輪となったままの彼らは依然動けないまま。しかし、彼らの誰一人巻き込むことなく、人影は、座曳と結と戦っていた。まるで彼らなど眼中にないかのように。






「いぎぃぃいいいいいいいい!」


 ブゥオゥン、スカッ。


「えへへへへへへ……」


 タン、トタン、ブゥオゥン!


 妙に、噛み合っていた。座曳と結の動きは。極自然に、互いの隙を粗を埋めるように、それはつながった攻めになっている。座曳の攻撃が外れると、相手がその躱しの為に作ってしまった隙に合わせるように、結の攻撃が飛ぶ。それを大概腕で受けて、すると座曳の爪先が避けきれず、切り裂かれる。だから、人影は防戦一方。反撃を繰り出すことはなくなっていた。


「……」


 ビィン、メキッ。


「あががががががが、あぁぁん、あぁぁん」


 ブゥオゥゥ、スパッ!


 今もまた、座曳が体を妙に捻って、のぞけったような姿勢から、背中の後ろからぶん回るように振り翳された右手爪の攻撃に、人影は頬を裂かれた。


 すると、血噴き出る音と共に煙が出て、傷口は一瞬で塞がる。これはそんな、きりのないように見える戦い。しかし、互いにまともなヒットはない。再生能力を上回る一撃必殺の威力の攻撃が座曳か結から放たれて人影に当たって一撃でその意識を奪うか、座曳か結のどちらか一方が限界を迎え、戦闘不能になったところで、人影側不利気味な拮抗が崩れ、一気に形勢逆転されるか。


(結、結、結、結ぃぃぃ!)

(座……曳。隣……。貴方と……。()()()()()())


 見掛け上、より呑まれているのは座曳。しかし、実際に、精神的により呑まれているのは、座曳ではなく、結だった。幼げな子供たちの無邪気で理由なき喜と楽の感情が、結という人格とそれらの境界を曖昧にするよるかのように浸食してきていた。


 座曳は怒も哀も、切り離すかのようにそれらを精神ではなく、体に押し付けつつ、なすがまま、なされるがままな暴威を振るっている。それでも、黒変は、右腕をすっかり覆って、その首筋にまで浸食の痕跡が覗いていた。服で覆われた胴体も、それなりの面積、浸食されているだろう。


 そう。たとえ、相手を倒したとしても、座曳はその体のコントロールを失っているが故、結は自身の意志を精神を半ば手放してしまったが故に分けておいておいた精神的な余力は真っ先に飲み込まれており、止めるべきときにもう動けないことは確定している。結は、身体中の水晶にその黒い浸食は溶けるように消えていっていて、水晶である部分は色の変化もなく、まるで問題ないように見えているとはいえ、それがいつまで続くか分からない。体には今のところ影響無しではあるが、現に、精神が、もう……。






 そして――


「ギィィィィィィィィ、アガガガガガガガ」


 ぐるぐる回り、まともに何も見ていない座曳の目が急に見開いて、一際鋭い、真っ直ぐただひたすらに早く、放たれた指先のばし、立てた、鋭い右手での踏み込んでの一突きが、人影の胸を捉え、貫く。その上、ぐるぐり抉り、更に、中で指を伸ばし、骨砕きながら、握る。握り掴む。鷲掴む。抉るように引き寄せるように。


「……」


 人影は声をあげない。苦しみすらしない。しかし、手と足をじたばたさせる。浮かされた体に、貫かれ、更にその中身を鷲掴みにされて、引き寄せられて、そう。逃げられない。回避は不可能。そして、座曳がそれ以上追撃の手はないとしても、未だ終わらない。彼女がいるのだから。


「あはっ!」


 口角を鋭く上げるように、額をしかめるように、目を血走らせつつ、頬を染めて、邪悪に嗤った彼女は、


 ブゥオオンンンンン、ブスゥゥゥゥ、ミキミキボキィィ、ブサッ、ギギ、ギギギギ!


 爪先から腰まで使って、バネのように縮んで跳ねて飛び上がるステップから、逆さまになって座曳の背の二倍程度の高さまで回転しながら飛び上がり、振り下すように右足を振り下す。金槌のようにではない。踵ではなく、爪先。それを、力を入れて真っ直ぐ伸ばし、真っ直ぐと刃を振り下す、打撃でもあり斬撃でもある、強烈な一撃。勝負を決める一撃。当然、相手は避けられはしない。


 タンッ、ガコォォンンンン! バキキキキキ、ビチュゥゥゥゥウ、バサァアアアアアアアアア、ゥオン!


 それは、対象の頭蓋を砕きながら、割き進みつつ、その内容物を切り裂き、掻き分けるように進んでゆきながら、縦に真っ二つに切るように、頭部を断裂させ、首を砕き、引き抜くように抜け、彼女はストン、と、その蹴り脚からすっ、と着地した。

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