第二百六十九話 置いていかないで……。 いや、違うわ、
見ていることしかできない彼ら。唯、心の中で、葛藤することしかできない。声にすら出せない。どうしようもなく、無力。
(何故、動けない)
(今こそ、やらねばならない時なのに)
(一度捨てて、今度は守るが為に、か)
(座曳、どうして、そこまで……)
(そういうところは、変わらずお前らしいなぁ、座曳。昔と変わらない)
(人に興味ないなんて、嘘。座曳は等しくみんなに優しかっただけ。誰であっても強く強く守ろうとしただけ)
(命を掛けるのは、結ちゃんにだけだと思っていたよ)
(そこで逃げられないのが、お主ということじゃろうて)
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(勝て、座曳。早く、早く、早くぅっ! お前、死ぬぞぉぉ! 死人に引き込まれて、お前まで死人になるつもりかぁぁぁっ!)
彼らはそれでも、絶望しない。唯、必死だ。何もできないでいても、座曳が為に、その気持ちは揺れに揺れて、必死だった。
グググググ……。
(座……曳……。座……曳……。私……、私……、)
そして、人影と座曳以外で、唯一、動くことができる可能性がある、何とか体を捻り動かそうとする、結。どう足掻いても、禄に動けないと、先ほどの無理でもう殆ど限界なのだと分かっていても、止まってしまえばきっと、見え透いた結果の先で、自分を許せない。それは、実質的な、終わり。生きる意味の消失。生の終わり。
(ごめん、なさい……。置いていかれたく……ないの……。とても……狡いけれど……。背を押したのは……私だけれども……それでも……、だからこそ……、)
そして、結は、そんな絶望に負けたくなかった。折れたくなかった。その為にやらないといけないことは分かっている。もっと早くやっておくべきだったかも知れない。けれど、それだと彼が止めただろう。そして、今。もう、意志も禄に残っていない、目の前の最も敵対的な存在に相対し、相手しているだけの彼は、今なら止めてはこない。そんなことはできないのだから。
(見ているだけでは……いられないの。けれど、貴方との約束。それを破ることに……なる……)
それでも、結が躊躇していたのは、彼との約束。しかし、
ブゥオゥゥゥ、バサッ! ビュゥウウウウウウ!
鋭い手の爪か、足の爪か。相手の放ったもう禄に見えない位早まった、繰り出される手足の、爪を利用した刃の如く連撃。その一撃が、座曳の首を左横から、頭後ろから前方向へ、引く動作のときに、首側面を捉え、決して浅くなく切り裂いたから。
(それは……貴方の意思を踏みにじる裏切りのように見えるかもしれない……)
噴き出る、血。それは止まる気配を見せない。傷は塞がらない。座曳が、禁忌の一つを使って手にしたのは不死でも耐久でも強度でもない。
その体は、限界を超えた駆動をして、
ブゥオゥゥ、ブゥオウウウウ、ブゥゥゥ、ブゥオウウウ、――
左手の斜めから右下へ振り下し、音もなく側面へ回り込むステップと共の振り上げる右足爪の刃、そして突くように放った左手と、それが空振るっての、横薙ぎのような動きへの、一歩音もなく踏み込んでの足を狙った左手の振り払い。
座曳は何とか、避けている。一見、それは見て、見切って、避けているかのようでいて、その速度は、敵の攻撃速度に負けつつあった。
(それが怖い……。怖くて仕方ないの……)
首への一発程の鋭い一撃は追加で貰わずとも、連撃が続くと、その爪先が掠ることが多くなってきていた。切り傷はかまいたちのように。そして、血は、流れる量を増してゆく。
(……。貴方さえ生きていれば……それでいい……。そう言うこともできなくなった……。だってそれだと、答えは同じ……なのだから……。結末は悲しい終わり……。貴方がここに来てしまった時点で、全て過ち……。全て間違い……。厭よ、嫌よ、いや……よ……)
そう。このままでは、物理的に動けなくなる。呪いの浸食は、右肩部分まで進み、飲み込んでいた。未だ、座曳きの反応に従ってその手は動いているようであったが、それがいつ終わってももうおかしくはない。座曳は手数を減らしていた。まともに動けない。動かせてもらえない。いつもなら、頭を使ってそれをやっていた座曳。しかし、この状態では、そんな頭は一切意味がない。
(……、どうして、どうして、どうして……。可愛いのは自分、貴方ではなくて……。大切なものは貴方なのに……、それは私自身が……前提……)
ブゥオゥ、カスッ。
敵の放った、ラリアットの振りをして、途中、手を開いて、爪を立てて、踏み込む横薙ぎの斬撃を座曳きは、姿勢を低くし、前方向に滑り込むように避ける。そして、座曳は右手を、その指先を鋭く立て、くっつけ、敵のようにやった一撃は、
(……そうね……。これだと何も変わらない。変えれない……。貴方は、変えようとしたのに……。また、私のせいで……)
ブォウ、スカッ。
(そう……。貴方はこのまま、止まらない。止まれない。貴方は、自分の為でなくて、他者の為に限界を見誤る。貴方一人なら、貴方一人で完結しているなら、そうはならないのに)
避けられた。相手をその手先で指先で、噛みつくように掴み、砕き、引き千切る為の一撃。鋭く、恐ろしく早い、残像すら見えないような動き。相手のよりも数段上の速度だった筈のそれが、避けられた……。
(死ぬ、のね、貴方が。消えるのね、貴方が。……。嫌だわ。それだけは。結局、結論は変わらない……)
もう、そんなことを言っている場合ではないと、腹を括った。
(座曳、ごめ……いや、なら、私は謝らないわ。もう、待っているだけで何もできないだなんて、嫌だから。私は、貴方の横に、並び、立つの! 終わってしまうのだとしても、そうやって、終わりたい。独りで貴方と別々に、離れて、消えるだなんて、私は絶対に、受け入れない! 抗ってやるわ! 座曳の仲間の体まで玩んで、未だ、邪魔するのねぇぇ)
定まった覚悟。それが、呪縛を解く。あっけない位たやすく、身体は思うが儘に動く。指先にやっと握っていた筈の、握りきれなかった球。それを結は、
ニギッ、ピキピキピキッ、ビリンッ、ザァァ。
握り潰し、指先から迸るように上ってくる怨嗟に包まれてゆく。心がそんなノイズに呑まれる直前、彼女は憎い邪魔者を見据え、睨み、
(ねぇ、そこの誰かさん。私たちのぉぉ、邪魔を、するなぁあああああ!)
座曳とは違い、その所以から来る相性によって僅かな意識残して、呪に、呑まれた。




