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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第四章 託すに足る相応しき者たち
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第二百六十七話 彼女が為に命費やし禁忌を降ろす

(知ったときは憤慨しそうになりました。『何だこれは、何だこの都市は。あのとき、どれだけ足掻いても、この都市は、終わりにしておくべきだった。こんなものを前提に存在している都市が、正しき一つの理想である筈など、ありはしない!』そう。仮にも継ぐときの覚悟が無ければ、そこで全部、投げ捨てていたでしょう。……。けれど、投げ捨てなくて、よかった……。あって……よかった……。おぞましいことです。そう思うのは。ですが、それで、彼女さえ、生き続けてくれるのなら、私はそれでも、それ以外全てを曲げても、構わないっ……!)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 影漏れる、光吸い込む黒い、珠。布に巻かれてポケットの中に入っているそれをほどき、直に、手に触れる。握る。


(結の……先達、同類、に、至らなかった、哀れな魂)


 怨嗟が伝わってくる。


 闇が、心へと。


 想像する彼女との未来が色褪せ、消えてゆくのを感じる。全て成し遂げ、人に完全に戻った彼女。この都市の数十年後の未来。海岸。昼の晴れ間。波打ち際。足先に打ち寄せてくる波。隣に彼女が。


 はしゃぎ触る、二人の子供。男の子と女の子。彼女によく似た男の子と、彼によく似た女の子。男の子は女の子の手を引いて、浜辺を楽しそうに走り回っている。手を引かれる女の子も目を輝かせて笑っている。


 月並みな、しかし、彼女と共に決めた、終着点。しかし、それは遠のいた。想像できない位に。命は呑まれている。触れているそれに。未来の幸福な想像と共に。


(うぐぅぅ……)


 強烈な破壊衝動と、身焦がす熱。触れた右手の先から、灼け焦げるかのように、黒変してゆく。登ってくる。


(でも……。完全に、潰えた、訳じゃあ、ない……)


 もう以前の彼ではない。強くなっていた。ずっとずっと、強く。


(駄目、ですよ……。何をしようが、使う……。消費する。彼女が生の為に、消えて貰います……死者よ……)


 目を、瞑る。


(それが危険であると分かっていても。どうせ、終わりまで保ちさえすればそれでいい。そうしたら、必ず、生き残ってやる。幾ら傷つこうが、幾ら呑まれようとも、混ざろうとも)


 耐える為に、保たせるが為に、纏うは、王気。前王である父親から感じた気配。やり方は、仮にも継いだその時に、流れ込んでいたから。


(借り、ます。身勝手に。正式に継ぐ訳でもないのに、ごめんなさい。憶えている。()()()()()()()。使いたくはなかった。が、使う他、あるまい)


 今だけ、御する。束ねる。収束させる。屈服させる。力づくに、握り潰すように一か所、掌の中心へ集めて、


 ビキビキビキッ、パリンンンンン!


 砕く。


 はじきれんばかりの怨嗟の叫びが、赤子と幼年幼女の純然たる、怨と嘆の叫びが、幻であるそれが、座曳にだけ、砕いて詰み取った終わらせた罪人にだけ、響き渡る。


 心をすり潰されるかのような、頭の中を引っ掻き回るように虫が蠢くような、眼下が虫空きになってゆくかのように喰われてゆくような、幻痛。


 死ねなかった呪い子たちの死の体験。右手から遡ってきたそれが、全身を蝕み、灼く。焦がす。


(未だ……、終われぬ。目の前のこれを……、終わらせるまで、終われ、ぬ……)


 金縛りよりも心塗り潰す悲しさが勝り、地面に四つん這いで、無念に、泣く、結。知っているから。共に宝物庫に行ったのは彼女で、それを結局、座曳に見せて教えてしまったのも彼女。もしものときでも、絶対に止めないと約束したのも彼女。そして、彼の性格故に、使うことを妨げて助かっても、その心は、また、どうしようもなく傷つくことになる。


 それでも最悪、彼女を守れればそれでいいだろう。しかし、彼女すら、もし、使わなかったことで、守れなかったなら? それは、使って守れなかった、よりも彼のとって、重い。そうなれば、終わりだ。彼は、終わり。終わる。


 分かっている。全て、理解している。できてしまう。だからこそ、彼女は止められなかった。宝物庫でたとえ隠そうとも、ばれると確信していた。もう、深く心はつながった。故に、隠せはしない。


 使うに至る心の動きを、分かっていても、止めることはできなかった。どうしようもなく、彼女は、詰んだ。


 そんな彼女の肩に、彼が、座曳が、左手で、暴れるようにひくつくそれで、辛うじて、触れた。


 死んだ目をして、声もなく涙を流す結は、顔を向けた。目が、合った。黒く蠢く、小さな手のような何かが、彼の目を浸食していくのを、見た。見た。見た……。そこに、一欠片の意思を、垣間見た。


(全て、お前が、為に……。結。結。結。結。結ぃぃぃっっっっ!)


()()()()()


 彼女は、振り絞るようにそう言って、


 ビクビクッ、グッ。


 立ち上がり、座曳の背を、


 トッ!


 押した。意志籠もった目で、前を見て、睨みつけるようにその人影を見て、怨を、燃やす。彼女も持っている。座曳が潜ませていたのと同じそれを。


 次は、自身が行くつもりだった。極めて近い存在である結には分かっていたから。資格持つ座曳以外、耐えられる可能性どころか、使い潰すように放つことすら、誰一人できはしない、と分かっているから。


 布越しのそれを、直に握る準備と覚悟を、彼女は、決めた。そこまでした彼の為に。死ぬ為でなく、終わる為でなく、生き残る為に。

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