第二百六十五話 焼けた後に残ったものは
ジュォォォォォォォ――
焼け焦げた血肉の音。紫黒の煙。彼らは距離を取れるだけ取って、等間隔に輪になっての囲いを維持しつつ、結果を見届けている。
結が指示を飛ばし、2~3人程度が、水を取りに行き、全員に配っていく。煙に含まれた毒を消す為に。それは、吸うことで効果を発揮する類の毒ではないとはいえ、肺から入った少量だけでも、動悸と息切れを起こすことがあるから念の為に。
未だ、終わったかどうかは分からないのだから。
煙は激しく、中身は見れない。
繭は弾けることはなく、そのまま燃えていた。煙が激しくあがり、炎は青みがかっており、それは激しい燃焼だった。爆発はしなかったが、ひたすら勢いよく激しく、燃え尽きる勢いで燃えているという風だった。
そして、炎が消えた後も、未だ、煙は消えていない。繭のシルエットは、煙が厚く、もう消えているかまだ存在しているかの区別すらつかない。
それでも、最悪を考えて、すぐさま動けるように、周囲を未だ、囲っている訳である。座曳もその輪の中に当然入っている。座曳は何とか立っている。相変わらず青白い顔色をしつつも、眼光を弱めない。睨むように、煙を見つめる。たゆたうそれの中から、動く何者も出てこないことを祈って。
(モンスターフィッシュ【紫毒雲丹】の全身猛毒の水溶性不揮発性の粉末を、大質量の歴代王の遺骸を人サイズに切り分けたものに溶かしたもの。それを吸着させ、溶かさせ、意識をそれらに向けさせた上で、モンスターフィッシュ【熱針雲丹】の、全体が十分な量の空気に触れることで赤熱し炎すら時に纏う針で着火。これでも、比較的、知ることが重荷にならない、最低限確実に動きを止められる程度の威力は殺傷力はありそうな手段を選んだつもりです……。これ以上は避けたいのですが……。まさか、あれほどに生理的嫌悪感溢れ、倫理を否定するかのような、悪魔の道具……、あれらは、見ることすら……、どうしようもなく害悪なのですから……)
未だ、手段は抱えているとはいえ、それをこの場で切ることが、後にどうしようもなく尾を引く。それは、歴代王の遺骸を踏みにじるような使い方をしたことよりもずっと、えげつなく、どうしようもない。人の業の塊のような、それらの手段を、座曳は思い出し、だからいつまでも気分は戻らない。
意識の底を引き摺り抉られるように、それらを見て、それらの一部でもこうして、今懐に忍ばせていることが、まるで自身も宝物庫の中にあった、呪われし成果物に関わる共犯者のような気がして、ならないから。
座曳がそこまで重く感じているのは、外を知っているから。結がそこまで重くは感じていないのは、外を知らないから。
ブゥオオオゥゥゥウゥゥゥゥゥ――
不意に風が吹く。
黒紫の、色のついた煙がゆっくりと流れる。進路上にいた者たちは言われるまでもなくそれを避ける。
そして、彼らのうちの誰かが声をあげた。
「ひ、人影がぁぁぁあああああああ!」
それは怯え引き攣るような声。
(生きている、筈が、ない……。もし……いや……、気配が、違う……? えぇ。分かっていたことだ。各省は持てない。僅かな違和感。けれど、違う。迷っていれば、誰かが、いや、全員が、死ぬ。死人の為に、全員が死ぬ。あってはならない。それは、唯の、無駄死にです。クーさんは、死にました)
座曳は、込み上げてきたものを飲み込んで、堪え、叫んだ。
「あれは、死体を間借りした化け物ですっっっっ! 砕けぇええええええ!」
彼らは座曳の叫びに呼応するように掛け声の叫びをあげる。一斉に。ぞっとした。はっとした。気付かされた。座曳によって。特に、船員たち。甘えのような希望は捨てた。
全員が、各々に、手にしていた道具で一斉に掛かる。
座曳は、砕け、と言った。殺せ、でもなく、斃せ、でもなく。決めつけた。責を背負った。独りで。それが分からぬ彼らではない。
目の前の不確定なものより、信じるべきは何か。彼らは知っていた。思い出した。思い知った。
掛ける一歩、二歩。殆ど重なるように同時。彼らは一斉に、各々の持てる最大限の一撃を――
「ぐがぁああああああああああああああああああああ!」
びくり。
びくり。
びくり。
ぴくり。
ぴたっ。
ぴたっ。
ガラン。
カラン。
ザァァ。
・
・
・
コトン。
そして、
かくん。
座曳。膝をついた。呆然として、目を見開いて、その顔色はどんどん青褪めてゆく。血の気はすっかり失せ、今にも倒れそうな風に。
彼ら共々、煙の中で立つ、おたけびをあげたそれに、たった一挙動に、場は、止まったかのように、凍りついた。




