第二百六十四話 前王の保険 中編
(次、です。次、を。学習されてしまう前に、次、を。そして、トドメまで、繋げ……)
「ぐうっ、おぇぇぇ……」
がくっ。
無理が、出た。
どれだけ補強しようが、元の心は常人。生まれながらに、その精神は脆弱。無理はできても、それでやり通すには足りない。身を燃やすような執念は、手元に結がいる限りなく、それが、座曳という人間の限界。慣れていないことは、これまでやったことのない種類の無理は、できはしない。
「座曳っ……」
隣の結が声を掛ける。肩に、結び目をほどいた遺体の袋を背負ったまま。それを急いで、繭に向かって投げつけ、すぐさま座曳に寄り沿う。
未だ、様子見。本来その筈だった。座曳の投げた一投目が効果を発揮し、それが暴れ狂わないと確認したら、結が二投目を投げ、その後畳み掛けるように、残りの全てを投げつけ、呑み込ませる予定だった。
座曳も結も、一先ず助かってしまったが故に、嘗てのような度外な精神性を保っておくことはできはしない。寧ろ、無理やり立ったかのような今、二人は酷く、脆い。どれだけ策を巡らそうと、状況を俯瞰してようと、一瞬で、互いに、世界は二人だけかのように小さく収束してしまう。
グヌチョッ、ブロロロ、ボコボコボコ、ジュゥィィィィィィ――
蠢く繭は、表面に触れたそれらを、溶かすように飲み込んでいき、
ドクドクドクドク――
鼓動を激しくする。それはまるで、弾け飛ぶ前準備のような。
動けない。彼らの誰も。その、筈だった。何の準備もされていなければ。このような侵入が、浸食が、侵攻が、想定してなければ。想定して、準備した者がいなければ。
「みんな、座曳や結ちゃんがやったように、やるんだ。一気に、たたみかけるぞぉおおお!」
「そうだぁああああ! きっと座曳ならそう言った筈だぁああああ!」
「おぉおおおおおお!」
「全方向から行くぞぉおお。回せ回せぇえええ! こっちからも向こうからも、その袋、回せぇええええ!」
彼らのうちの何人かが、声をあげた。最初の一人は子供たちのうちの一人。後は、子供たちか、座曳の船の船員たち。どんどん声は増えてゆく。
(み、皆さんっ……)
座曳はそんな皆の様子を見ていた。見ているしかできなかった。酷い気分の悪さで、未だ、腹の奥から込み上げ、口から時折噴き出ていた。
結は宝物庫での、座曳が選び持ってきた物の選択の理由を知っているが故に、心配でならなかった。痩せ我慢に痩せ我慢を重ねるような無理をしたのを見たから。優しい気質。それを、対象を問わず、生きている自分以外の人間全てに施してしまう気質。例外たる結以外にそれが集中して向けられる時以外、常にそうで。今回も、全て、背負い込んで、最初の一歩から先、僅か二歩目にして、崩れ落ちてしまった。
そう。座曳は王の資質である最初の一歩は備えていようと、最後までは走れない。為し得ない。一人で完結していない故に、王では在れない。座曳はそれを無意識ながら気付いていた。他の誰一人、気付いていない。結すら。
それでも、彼が王になって立っていられる土壌は、作られていた。彼の選択がどちらに転ぶか。前王はそれを確信できなかった。どちらも、あり得る。もしも、座曳が、王であることを、全て背負い抱え込むことを選んでも、最後まで立っていられるが為の保険は用意されていた。そして、それは、どちらに転んだ際であろうと保険になる。そう。彼ら、だ。
子供たち。
「急げ急げぇええ、何かさせたらやばいぞ!」
「私、投げるわ。渡してっ!」
「いいか、同時にだぞ。同時に、だ!」
「うおっ、凄ぇ臭いだな、が、効きそうだ!」
「くっさい。でも、すごそう!」
「合図だぁああ!」
「いっせーのーで、だ。いくぞ! いっ、せぇ、のぉ、でっ!」
それでも保険でしかない彼らを補完したのが、座曳の連れてきた仲間たち。そうして、足りない筈の至らない筈の、二歩三歩四歩、その先への道筋は、途切れることなく繋がった。
ブゥオンブゥオンブウォン、
ねとねとっ、ボトッ、ヌトッ、どごっ、ぼどっ、ブチョッ、ボチョン!
幾重に音は重なって、それら全ては、まばらに、繭の表面へめりこんで、くっついた。
「燃やすっていってたなぁ! 火だ、火ぃ!」
誰かが声をあげた。
(ふふ……。私もいつまでもこうしては……いられないですが、今の私ではやりきれない今の私ではやりきれない)
座曳はここでも見誤らず、自分にできることを、できるだけ。失敗は、重ねない。至らぬ者であろうとも、それ位はできる。座曳の意地、だった。
託すは、やはり、
ポンポンッ。
彼女。結。
彼女にであれば、強く浮かべるだけで、伝わる。
(締め、です。捧げたものは大きい。ですから、やり遂げ、ましょう。お願い、します)
結はこくり、頷いて座曳から受け取る。座曳がポケットから出した途端に、尖ってない方である赤黒い根元に、尖った方である先端にいくほど赤熱色になっていく、最も太い面でも直径1ミリ程度の、細く尖った針を。
勢いよく、
シュゥゥゥゥゥゥ――
投げる。真っ直ぐ飛んでいったそれは、
ブゥゥ、サクッ。ブゥオオオオオウウゥウゥゥウウウウウウウウウウウ!
半ば溶解した紫と黄色の死体に突き刺さり、一気に激しく、燃え上がる!




