第二百六十二話 苔色の繭、膠着の対峙
彼らはそこに、一堂に会していた。
そこは、都市の広場の一つ。座曳と結とウツボとの先日の戦いの痕跡がそこには色濃く残っている。建物も地面も砕け、益々廃墟らしい様相を呈していた。
座曳の船の生き延びた船員たちと、都市の子供たち、そして何やら等身大の複数個の麻のズタ袋引き摺ってそこへ合流してきた、顔色青褪めている座曳と、そんな様子特にない結がそこにはいた。大きな輪になって、ぐるりと切れることなく一周。等間隔に立っている。
座曳と結。その隣近くの誰かと誰かが、
「で、どうするんだ!」
「で、どうするの?」
そう、二人に、問う。問われ、二人の額を冷や汗が流れる。
座曳と結が、その場のそれに対する決定権を持っている。それというのは、目の前の――半径10メートル程度の巨大な、苔色の繭。
それは、大人一人優に飲み込んでしまえる程には大きい。苔色に濁った膜と、その中の半透明な緑色の液体と藻のような漂う何かからそれは成っていた。
ヌチュッ、ドクン!
それは時折、生きているかのように拍動する。色は別として、妙に肉感あり、生きているかのようなその袋の中、微かに透けて見える、クーの姿。
次の瞬間、それが激しく動き出してもおかしくはない。囲んでいる者たち全員を弾き飛ばすように急激に膨れ上がるかも知れない。孵化するかのように中身のクーが正気でない状態で出てくるかも知れない。
だから、二人だけでなく、周りも同じような表情。座曳と結は周りの彼らから、『どうする』、と目で問われる。丁度、彼らから、それに向けてこれまでやったこと全てを聞き終えた後である今。だからこそ、決断を、選択を、迫られている。
「……」
「座曳。俺たちはお前に先入観無しで見てもらいたくて何も言わなかったけど、当然、最初からそうしようとしてたさ。本当は、お前が起きるまでにとっくに解決してる筈だった。これはヤバいものだ。お前の他の仲間たちが入ってた繭とは全然違う。中にいるアレが、お前の知っていた、嘗ての仲間と同じ、だなんてことはぜってぇ無いだろうなって分かるよ」
「子供がこれ以上無理することはない。儂らが及ばなかったから、こんなことになった。これを殺す手段も、無力化する手札も策も用意できない儂らが悪い」
「……。取り合えず、やったこと粗方説明して頂けませんか? 私は直感で答えを引っ張ってくるタイプではないと皆さん分かってるでしょう?」
「そうか?」
「そ~なのかなぁ?」
「最初から答え決めてそれに向かってく感じ?」
「あぁ、それだ」
「昔からこうだった訳ねぇ」
「はぁ……。じゃあ、私から訊ねてゆくとしましょう。火は、効きましたか?」
「焦げ付きすりゃしねぇよ」
「岩で押し潰したりは?」
「全員でやったが無理だった。びくともしない」
「反撃の類は一切してこなかった、と考えても問題ないでしょうか?」
「あぁ。だから、粗方思いつくことは試してみた」
「成程。では、こうしているのは監視の一貫、ということですか。水に沈め、内側から割れない容器で包む、と。そして、その周りを囲い、もし孵ったら、ということを想定、ですか。……誰です、こんな杜撰な手口考えたのは……」
「私よ……」
「結……。貴方、止めなかったんですか……」
「孵る気配なんて微塵も無いもの。繭の外のことには一切無反応。目的とする何か以外。これは、待ってるの。何かを。それが何かは分からない。だから色々みんなが試すのを止めなかった。こんな得体を二sれないものを放置するのも怖いけれど、何もしないことも怖い。それでも何とか止めてたんだけど、とうとう手が出ちゃった人がいて……。そのときの繭の中身の心読んだら、どうやら、そうやって色々試す方が、何もされず放置されるよりは良さそうな傾向だったから」
「……。それ、恐らく、微妙に外してますよ……。話を聞いてる限り、やはりそれは悪手としか思えません。何、経験を与えているんですか……。この繭……。その中身……。嫌な予感しか、しませんよ……。繭。つまり、何かが、生まれるんですよ……。このままだと。今のままでは、生きてるかも分からないクーさんですが、孵ったらきっと、クーさんの姿をした、別の何か、として、作り直しが終わった、というだけ……」
「……」
「じゃあ、どうしたら……」
「外に、流そう……か……」
「私自身にどうこうできる問題ではありません。手段も方法もありませんし、何の準備もできていない。だから、丸投げしましょう。少なくとも私よりもこういったことに強そうな、結果的に何とかしちゃいそうな人に。結。私の荷物の中にある、掌くらいの大きさの平たい板みたいなの、取ってきてくれませんか?」
「えぇ」
スタタタタ――
「さて、皆さん。私はここを出て、ある男の船に乗っていました。ここへ戻ってきたときに乗っていた船も、その男の船だったものです。そして、嘗て、この都市の船だったものです。私はその男に、今から連絡を取ります。その男は、嘗て、私が王に刃を向けるが為の道を作った者です」
嘗ての共犯者たる子供たちの方を向く。
「嘗て、私と貴方たちをたぶらかした、あの男ですよ」
船の仲間たちの方を向く。
「私たちを率いていた、私たちを引きつけた、壮大なあの男ですよ」
そうやって、想像させるように座曳は話し、
「船長、島・海人。その人です」
彼らに意識させる。何か、おかしい、抜けている、と。
「で、だからこそ尋ねますが、どうして、貴方方、未だ誰とも船長と連絡取っていないんですか? 私の分以外にもあるでしょ? 通信機」
まずは自身の船員たちに。
「貴方たちもですよ。戴く王が消えた今、隠された、保管された、ありとあらゆるものの封印が解けているのではないですか? 認識の阻害を司る王という存在が空位である上、貴方たちは、そうなることを恐らく、予め知っていた。知らされていた。だから、埒外な手段の一つや二つ、少なくとも持っていると思っていたのですが」
次に、嘗ての共犯者たちに。そして、彼らが漠然と抱いたであろう違和感を形にして、突きつける。
「おかしいですね。どうして、貴方たちがそれに気づかないどころか、意識すら向けていなかったのか。まるで、そういう風に誘導されていたかのように」
今はそのような干渉は薄れている。何故かは分からない。しかし、だからこそ、今こそ考え時。今こそ、考えなければならない。限界の限界まで、突き詰めていかねばならないのだと、言えば、聞こえていれば、解する彼らに突きつける。




