第二百六十一話 遡生する船
そして、
スタタタタ――、タッ。
スタタタタ――、タッ。
船の前に到着する。一見、変化は見られない。異常もない。気配も平穏そのものだった。『どうする?』と彼女が顔で尋ねてきたので、『無理ない程度で先行しておいてください』と、目と顎で合図した。
スタタタタタ、トンッ!
彼女は駆け、跳び、船の中へと姿を消した。それを確認して、船長との通信を座曳は続ける。
「何よりもまず、今は目先の解決法が欲しいんですが……。絶対に一回は通り、その上、彼らが一度も試していない類。何か、ありませんか? ありませんよね……そんな都合良いの。こんなことなら、彼らのうちの一人でもこっちに残しておくべきでしたかねぇ」
彼女がいなくなった分座曳はちょっと弱気になったかのようだった。彼女がいたから気を張っていただけで、彼は元々こうであるのだが。当然船長はこの平素の座曳に慣れている。
『けっ。自分の女いなくなった途端それか。青いねぇ、ったくよぉ』
船長はそんな座曳をからかった。
「それには返す言葉もありませんよ」
『絶対的な対策法は一つしか無ぇ。絶対的な熱量で焼きつくす、だ。蒸発するよりも先に焼きつくす、だ。そんな火力のある代物がそっちに存在するのかどうかが問題になってくるが。あぁ、そうだ。船の装備使えばいけるかもなぁ。後は、宝物庫の中身、漁ってみるといい。思っていたよりも、お前の前の連絡から時間が空いた。つまり、お前は上手くいかせた、ということだろう。鍵はその手に、ってなぁ。やったなぁ、座曳。俺の想定した通りに完璧だ! どうだ、座曳。お前これから正式に船長やらねぇか?』
もう突っ込むのも疲れた。何処まで本気か分からない話なのにまともに相手するのは馬鹿らしい。だいたいそういう風に座曳の気持ちは取り敢えず今のところは集約され、
「ははっ。ふざけないでください。船長は貴方ですよ。貴方がのたれ死ぬかへたれ逃げるまではねぇ!」
と、薄ら笑いを浮かべながら、口調を強め、通信を切った。
スタッ、トン!
まるで頃合いを見計らっていたかのように、彼女が、船から飛び降りて戻ってきた。
「随分愉快なのね。そんなだったかしら?」
隣で見ていた彼女が上品に笑いながらそう尋ねてくる。
「えぇ。あの人の素はあんなものです。ここに以前来たときは演じてたんでしょうねぇ。何れにせよ、まともに相手したら馬鹿見る類ですよ。で、ありました? 何か。痕跡でも何でも」
「全く……。甲板も建物居住区内も、脅威の残滓はどこにもなかったわ。何も仕込まれてなんていない。拍子抜けする位に。流石、遡る船、ね。まるで生きているかのように傷癒える船。こうやって見てみるとその凄まじさが実感できるわね」
「ということは、武器庫は未だ、ですか」
「ええ。危険、でしょう? 何も分かってない私が一人で見て回るには。そもそも、私が見ても何も分からないでしょうし。一応、外からだと、脅威向けられる感じはなかったけど」
「なら、行きましょうか。どれだけ使える状態で残っているかは分かりませんが、浮き砲台として位は動作して欲しいところですね」
そうして、二人は船内へと乗り込んでいった。
「……、どうするの? これで……」
「……、どうしたらいいでしょうねぇ……」
二人は呆然と立ち尽くしていた。
そう。何もない。何一つ、使えるものなど、残されてはいない。跡形もなく、その部屋の中にあった全ては、飲み込まれるように、船体の木目に歪み捩じり、癒合するように、溶けるように、一体化していたから。
「……。考えても埒が明かないでしょうから、分かりそうな人に聞いてみるとしましょう」
「船長、先ほど振りですね、聞きたいことあるんですが今大丈夫ですよね?」
『お前ぇ、自分から切っといてそれかぁ? まぁ、いいけどよ。で、何だ?』
「船が積んでた装備呑み込んでるんですけど、どうにかできませんかね?」
『おいおい……。随分ざっくりしてるじゃねぇか。どうしろって言われても、そっちにいるのは俺じゃなくてお前だろ?』
「まぁそうなんですが。何とか飲み込まれた装備を一部でも使える形で回収する方法、無いかなと」
『無ぇよ、んなもん。そいつは、生きている船だ。正確には、材料が生きたまま、船の形に押し込まれ、その形をずっと維持させれる続ける、ってぇもんだ』
「いや、ですが、こんなになったの始めて、なんですが……。私もこの船にそれなりに乗ってましたし、船体が損傷を激しく受けたことは一度や二度ではなかったですよ? でも、このようなことには一度もなってません。何も与えずとも、何も喰わず、ひとりでに損傷は消えていました」
『相変わらず面倒臭ぇ奴だなぁ。まぁいい。答えてやる。それだけ突っかかるってことは、何か使い道でも見出したってことだろう? そいつは最悪海水さえ採ってりゃ最悪死なねぇ、昆布の類の魔改造品だ。色々混ざってるが、ベースはそれだ。海に生える樹のようなそれに、植物寄りな特性を付け、生命力を極限まで高めた、不老不死の研究の副産物の一種だ。そこにしか残ってねぇ、生きた実験結果。再現しようにも、色々足りなさ過ぎて無理だろうよ』
「つまり、どうしようもないと」
『あぁそうだよ。言っただろうが。新たに積み込む以外無ぇよ。ったく。貴重な装備だってのに。まさか
全部失うことになるとはなぁ。またやること増えちまったじゃねぇか。こっちで新しく色々集めとくからよぉ、あんまその辺は心配すんな』
「……。心配してませんよそんなこと。それよりも、手…―」
『つべこべ言わず、隣にいるお嬢ちゃんに宝物庫連れてってもらえって。ある筈だ。そういう類のもんが。中身は前時代の遺物。出回ることなんてまず無ぇ、禁忌の類だろうよ。ちょっと見てはならねぇ世界の裏側知ることになるかも知れ無ぇが、そんなのもう今更だろう、座曳』
「はいはい。分かりましたよ」
と、通信をまた一方的に切った座曳。船長みたいに振り回してくる相手にそういう仕打ちをするのは割と気持ちがいいものだと、溜まったストレスを消化し、頭はより冷静に回り始める。
「ということらしいです。出たとこ勝負になるでしょうが、お願いできますかね」
隣の呆れ顔な彼女にそう頼む。
「……、座曳、貴方ってそんな軽い感じではなかったわよね?」
彼女は呆れ気味にそう尋ねるが、
「何を言ってるんですか? 私は元々こうですよ」
座曳はそれに飄々と答え、さあさあと促すように彼女の背中を両手でゆっくり押してゆくのだった。彼女は溜め息を吐きながら観念した。




