第三十一話 釣り人の図書館
二人は歩みを進める。ひたすら、町の北へと。釣具店の裏の湖。そこを超えて更に奥へ。やたら背の高い木々に覆われた森の中ではあるが、しっかりと石で舗装された道がひたすら続いている。
激しい傾斜が続く。人の足で登るのはきつい坂ではあるが、登ることが不可能なほどではない。それどころか、慣れていたり体力があればすんなりと登ることができるのだ。
かれこれ数時間歩いているが、相変わらず長い坂道が続いている。森の中にぽつんとある舗装されたその道をただひたすら歩き続ける。二人とも体力はあるのでばてることはない。
やっとのことで、到着した。船から見えた、森に囲われた町。目の前に飛び込んできたのは石造の巨大な建物だった。その建物の天井を支える柱の直径と高さは少年の数十倍は優にある。
入り口は正面の一つだけ。少年がはしゃぎ出してその周囲を一周して確かめた。およそ縦・横0.5kmであった。
「……もういいかしら、ポンちゃん。」
あの傾斜のきつい山を登りきった後の少年だが、その後すぐに走り出して、建物の周りを一周していた。それにリールは呆れるばかり。
「っしゃあ、じゃあぼちぼち中入ろか。なんなんかなこの建物は。」
少年の勢いは落ちない。
「お、図書館かあ! 本がいっぱいやでえ。」
本棚。身の丈よりも遥かに高い。そこに上から下までぎっしりと本が詰まっている。ただ、本棚とは言っても、その材質は石だった。入り口入ってすぐの通路の両サイドの壁が全部本棚になっている。
石でできた図書館。その中の設備全て、本以外は全て石造りなのだった。ただ、下の町とは違う、白い石。大理石でできているらしい。入り口から周りを見回しながら進む少年と、それをにっこりと見ながら付き添うリール。
通路を通り抜けた先。そこには、大量の長机と椅子が並んでいる。もちろん全部石でできている。
「ここは、釣り人図書館よ。釣りに関わるあらゆる本が集まる場所なの。まあ、ここは、地方の分館だから、貴重な本は置かれていないけどね。あくまで、収集家レベルでって話だけどね。首都にある本館に行けばもっと大きいし、より貴重な本があるわ!」
リールの説明を聞きながら周囲を見渡す少年。すると、見知った顔がいた。相手も少年の視線に気づき、席から立ち上がり少年の方へ向かってくる。
「お、ポンさんにリールさんじゃないですか。リールさんはポンさんの付き添いですよね、きっと。本あまり読まないですもんね。ポンさん、ここはいいところですよ、本が朝昼夜関係なくずっと読めますから。私いつもここにいるんですよね、はは。」
茶髪眼鏡だった。少年が読書好きかも知れないと思い、普段見せないような熱を持って、顔を近づけて少年に迫るのだった。
「メガネく~ん。」
その一言を聞き、リールの顔を見た茶髪眼鏡は下を向き、すぐさまそこから立ち去っていった。
それから少し気まずい間が流れた。
少年はリールの顔色を伺いつつ、
「ちょっと、ざーっと中見て回りたいんやけど、行ってきてええ?」
少し申し訳なさそうに。
先ほどはリールを呆れさせてしまっていたので、少年は気を遣ったのだ。それに、一人で自由に館内を自分のペースで気にせず回りたいと思っていたのだ。
「私はここにいるから、気が済んだら戻ってきてね、いってらっしゃい!」
ちょっとリールは嬉しそうだった。どうやら少し休みたいらしい。あの坂で疲れが溜まったのだろう。手を振るリールを尻目に、少年は一目散に駆け出した。
館内は、リールと別れた中央の読書席と机のあるホールを中心とし、そこから、四角に、幾重にも囲うように本棚がひたすら並んでいる。本棚を縦に割るように、東、西、北への通路が延びている。中央から南は、少年とリールが入ってきたまっすぐな通路と出入り口がある。
少年は、縦へ横へと進んでいくのだった。
『ここ、どこやねん……。なんか暗いし……。』
少々暗い。少年はひたすら適当に進んでおり、自身がどこにいるか分からなくなっていた。かなり奥まで進んできていることは間違いないのだが。
ふと目の前の本棚を見る。特に周りと変わりがあるわけではない。だが、そこにとある本があった。背表紙に書いてある金文字のタイトル。"世界海史 ~氷河融解前後の違い~"というその本を、少年は手に取る。
そして、その分厚い本を床に置いて開き、その内容に没入していくのだった。




