第二百五十九話 地は固まる
「座曳。お前って奴は、結ちゃん以外には殆ど興味ない癖に、関心とかそういうのとは別で、色々背負い抱え込んじまうからなぁ。だから、結ちゃんからの提案聞いたとき、凄ぇ不安だったんだ。『これ、やばくねぇ?』って」
全員泣き止んで暫くして落ち着いたところで、ガキ大将染みたガタイのいい少年が種明かしを始めた。座曳はだいぶ前に彼女を下ろして、並んで二人、彼らの方を向いて立っている。最初のように、彼らと向かい合う構図に戻っている。
「何がやべぇっていうと、お前が、結局ここに心残してゆくんじゃねぇか、ってことだ」
「相変わらず、見掛けに寄らず、詩的な表現ちょくちょく入れてきますね」
「……結構気にしてんだぞ……」
「ふふっ、ごめんなさい」
偶に突っ込み入ったりしながら、円滑に進んでゆく。
「構わねぇよ。久々にそういうのも結構いいなぁ。つまり、お前が半端になっちまうってことだ。結ちゃんの為に生きるんだろ? なら、あのときのお前みたいに、それ以外に考え裂くな。旅立つってことは、結ちゃんの呪い解くために頑張るってことだろ? 今度は結ちゃんを連れて。なら、危険はもっと大きいもんになる。どっちが欠けてもダメなんだろう?」
「ええ。勿論」
即答する座曳。そこに澱みはない。
「おし。もう大丈夫そうだな」
そして、ガタイのいい少年は、結の方を向いて言う。
「結ちゃん。そいつの手綱しっかり握っとけよ。自殺願望染みた捨て身な考えはなり潜めたっぽいが、またいつそっちに引っ張られるか分かったもんじゃねぇ。そいつと一緒に幸せになりたいんだろう? 呪い解いて、そいつと子供、産みみたいんだろ? 育てたいんだろ? 言ってたじゃないか、あの場で。なら、そいつをコントロールし切って、成し遂げて、で、ここに一度は顔見せに来てくれや。結ちゃんとそいつと、未だ見ぬ結ちゃんとそいつの子供で、よぉ」
「ええ! 絶対、そうして、見せる、わ……。ねっ、座曳」
そのガタイのいい少年に向かって潤ませた目と涙声でそう言った後、結は隣の座曳にそうやって同意を求めた。
「ええ。絶対に! 楽しみにしてくださいよ! で、そういえば、貴方、そんなにオヤジ臭い喋り方するタチでしたっけ? 言おうかどうかずっと迷ってたんですが、少々違和感ありますよ?」
と、恥ずかしさを茶化し誤魔化すつもりで座曳は口にしたが、
「あぁ。それはなぁ、お前の言う、船長、島・海人さん。あの人の真似、かなぁ」
何だか意外な答えが漏れてきた。
「どうしてです?」
何気なくそう聞くと、
「俺があの人みたいに、不可能なことを何でも可能にできるような凄ぇ奴であのときいたなら、今日までのお前に関わる悲劇も全部、何とかしてやれたんじゃないかって、ずっと……、すまねぇ……、やっぱ、ダメだわ、俺じゃぁ。こんな涙もろかったら、リーダー張れねぇわ……」
思った以上に色々思うところと、気負い込みがあったらしい、そのガタイのいい少年は男泣きした。それを周りの者たちが、肩や背中を叩いたりさすったりして慰める。
それを見て座曳は、全て彼らに託して微塵の問題もありはしない、と自身の心の靄が完全に晴れたのを確かに感じたのだった。
「でぇ、なんだがぁ、ちょっと問題が起こってて、なぁ」
そして再び。彼ら全員泣き止んで暫くして落ち着いたところで、ガキ大将染みたガタイのいい少年が言い出しにくそうに、二人に切り出す。
「? 何です?」
座曳はそう反応し、
「座曳。えっとね、ま…―」
彼女はしまった、という風な顔で、それについて座曳に話し始めようとする。が、
スタタタタタタタ――
誰かの足音。そして、
「おぉぉぉいぃぃぃぃぃぃぃ~」
遠くから聞こえてくる声。
座曳はすぐさまそれに反応する。
「何が起こったんですぅううううううう!」
反射的にすぐ、大声でそう言った。それは、自身の船の船員の一人の声だったからだ。反射的にすぐ反応した。危機だ、と。あの船ではそれ位、察知して、すぐにできないと生きてはゆけない。察知と伝達。それは命に最も深く直結する要素の一つだから。
「クーの入った繭が、あの苔と同じ緑色に染まって、膨れ、上がってますぅぅぅう!」
伝令係としてやってきたこちらへ向かってくる船員に向かって、座曳は叫んだ。
「分かった。すぐ行きますぅぅぅう! 貴方は現場に戻ってぇええええええ!」
そして、すぐ、その場の者たちに指示を飛ばす。先ずは彼女へ。
「私は結と、船に取りに行く物があります。結。船の位置は分かりますよね?」
「ええ」
そして、今度は彼らに。
「貴方方は現場に先に向かっていてください。恐らく、この都市の苔を払ったときの対処法がある程度は効くと思います。それで何とか、抑えておいてください」
言い終えると、
ポンポン。
肩を叩く。ガタイのよい少年の。そして、言う。
「貴方が指揮してください。指揮、ですよ。どうも、貴方たちにはそれをやる者が欠けているように思えました。そして、できそうなのは今のところ貴方だけです。私の船の船員たちはかなりの無茶ぶりでもやってのけます。上手く使ってください。何となく空気読んで、貴方の指示に従ってくれるでしょう」
不安そうな表情が一瞬見えたため、
ザザッ、
座曳は後ろに素早く回り込んで、
トンッ!
その背中を強く、叩くようにパーで押した。
「貴方ならできる! この私が言うのです。間違い無いです! これまでもずっと、そうだった、でしょう?」
彼女が生きていて、彼らが生きていたことで、その唯一の致命的な失敗が消えたが故に、本心から言えた言葉。
ザザッ。
向き直ったガタイのよい少年は、
「あぁっ! 任せとけ!」
と、
ゴッ。
片手の拳で、自身の胸を叩くようにして、腕を出し、胸を張り、笑ってみせた。




