第二百五十六話 不器用な説得 後編
「馬鹿かぁああ! お前はぁあああ! 座曳ぃいいいい!」
ザスススス、
彼らを代表していた、一人。比較的大柄な、腕白なガキ大将染みた、ガタイのいい少年が、そのゴリラ染みた腕で、彼らの誰一人、今まで頑なに呼ばなかったその名を、口にしながら、
ブフゥゥオオオオンンンンン!
殴る。頬を、横殴り。強烈に入った。座曳の顔は体は、その拳に押されるように斜めに傾きつつも、倒れなかった。
「……」
座曳は何も言わない。反撃なんてしようとする筈もない。この展開に持ち込めれば、皆の本音が聞けると分かっていたから。狙い通りなのだから。
やっていることの惨めさにも、自身の一人道化振りも仕方無いものだと諦めている。それでも、責を、ちゃんとした形で背負わなければならないから。ここで彼らを我慢させてしまっては意味がないのだから。
座曳はそうやって、自身を犠牲にする。彼女は救った。だから、座曳自身が担保から外れた状態は終わっているのだ。たとえ座曳が死んでも彼女は生きている。座曳が生きていようが、彼女を完全に救える保証はない。彼女が為に、彼女に寄り添って、彼女の抱く理想に向かって、生きていきたい。そう思ってはいるが、それでも、座曳は、彼女が生きてひとまず存在できる状態であると分かっている以上、彼女に寄り添い彼女の為に生きるというのはもう、自身の我が儘でしかないと思っている。
そればかりは、彼女ですら解きほぐすことのできない、呪いとは関係無い、座曳のある種の病気である。それは、この都市における王の資質と限りなく似ていた。周りにも座曳自身にも理解できない程。
しかし――もう、そんなもの、必要ない。今生きている、誰一人、そんなものは求めていない。だからこその、彼らの言葉。
「馬鹿野郎がぁああ! こっちも計画丸潰れだ。お前のお前の性格なんてみんな知っている。お前が独りよがりで、身勝手で、自分の好きで好きで堪らないその女以外、誰も見てないなんてよぉく知っている。そんな癖に、俺らに責任感じて、自分曲げそうになってるってこともなぁ!」
「私も知ってる! あんたバカよ。座曳。あんたはいつまでたっても変わらない。だけどみんなねぇ、そんなあんたが好きなのよ。応援したくなるのよ。憧れるじゃない! ロマンチックじゃない! 自分だって、いつかそんな風に、誰かの為に頑張ってみたい! そう思いたくもなるじゃない!」
「でさぁ、そんなこと正にしようとしてる奴に、助け求められたら、どうなっちゃう? そんなの、味方したくなっちゃうに決まってるでしょ! そんな奴が、ただ惨めに失敗していくだけなんて、自分が手も貸さず見てるだけなんて、絶対に、イヤ。そんなになるなら、死んだほうがマシ!」
「僕たちが自分で決めたんだ。座曳についていくって。僕たちが、決めたんだ!」
「本当にバカだよお前は。本当にバカだよ」
「結ちゃんから話は聞いてたし、王様からも裏事情は聞かされてたけどさぁ、それはないわぁ、座曳」
「みんな、キミの名前を呼ぶのは別れのときまでお預けにしておこうって言ってたんだよ。けど、キミのせいでこうなっちゃった」
「俺も色々言いたいところだが、みんな責め過ぎだ。こいつがこういうこと言うかも知れないって、結ちゃんから言われてたじゃないか? ちょっと落ち着こうぜ。それと座曳。謝っとけ。お前流石に言い過ぎだわ」
「結ちゃん……、こんなヤツ選んじゃってよかったのぉ?」
「私もそれずっとツッコミたかった」
と、ぐだってきたところで、彼らのうちの一人がふと、
「私としたら、座曳ちゃんが全部終わったらここに戻ってくるっていうので解決? するんじゃないかなって思うんだけど、どぉ?」
ポロリと漏らす。
「「ちょ、馬…―」」
「「「「「あぁ、言ちゃった……」」」」」
「「「「「「「……」」」」」」」
それこそ彼らのしたかった最終的な提案であり、落としどころであったらしい。
座曳は結と共にここを出る。その間に彼らがここを立派に復興させる。ずっと先に、座曳と結が呪いを解いてきて、ここに戻ってきて、幸せに暮らす。
そういうシナリオ。そういう筋書き。綺麗な願い。みんな納得の素敵な幸せな未来の締め。
「ということ何だが、どうする? 座曳。お前はどうしたい。はっきり言えぇええええええ!」
と、無理やりに代表するガタイのいい少年が締めにかかって、座曳に改めて問い質したのが暗にそうであると認めているようなものだ。
(あぁ、それは、とてもいい。素晴らしい考えじゃないですか。不純物なく、そうだと納得できますよ)
「えぇ。私は結と、」
ガシッ。隣の彼女の手を掴み、掲げる。彼女は微笑んでそれを受け入れている。だから、座曳は言う。
「共に行きます。呪いを解いてきます。外にはきっと、その手だてがある筈ですから。そうして、全て終わらせて、ここで、私と結と貴方たちで、穏やかに暮らしましょう。いつか、でなく、必ず。必ず、そうして、みせます! 籠・座曳。この名に誓って。そして、嘗ての私の名、前王である父が付けた私の公的な名、ティベリオス・プトレマイオス、としても、誓いましょう。以…―」
そして、最後、締めようとしたところでその言葉は途切れる。
フゥオン!
「ん?」
突如、座曳の胸辺りからすっと浮かび出てきてて、座曳の目の前、頭くらいの高さの位置で浮かんでいる光の塊によって。彼らも結もそれにあっけに取られている。
それは目を瞑らないといけない程強い光ではないが、直視するには少し眩しい程度の光。目さえ慣れればそれなりに目を逸らさず見ていられそうな風な。
「あぁ、そういう仕組みだった訳、ですか」
何やら、こういう可能性を垣間見ていたのか、それとも、最も自身にとって動じるべき時は終わったからであったのか、特に驚く様子もなく、座曳はゆっくりと手を伸ばしてゆく。
その光の中に、浮かび上がっていた物へと向かって。
スゥゥ、
それは、鍵、だった。光の塊の中、そこだけ光を反射し、何かある、ということが辛うじて見えてきていたから座曳は手を伸ばし、それを、
フッ。
掴んだ。




