第二百五十五話 不器用な説得 中編
ザァァ、ザァァ――
それは、纏まりのない話。途中から、論点は切り替わり、今後ばかりに無責任に言及する話。しかし、その話を聞いている彼らは、時折口を開いて疑問を呈すことはあるが、彼を否定することも、その身勝手さに怒りを露わにすることも、彼に失望することもなく、話を聞いている。
彼自身も、どうして彼らがそこまで話を聞いてくれているか分からなくなる位、滅茶苦茶なことを口にしている自覚はあった。無論それは、嘘偽りなんて含んでいない、本心故の言葉であるとはいえ。
だからこそ、生まれた沈黙。
しかしこそ、それで、彼らが最後まで話を聞いてくれている、この話に価値を見出してくれている。そう確信できたのだろう。だから彼は、ここで終わりにもできる流れではあったが、続けることにした。
「いいえ……。責めてなんていませんよ。私にだけはそんな資格、絶対にありませんから……。そんな顔、しないでください、皆さん。これは、必要なことなのです。お願いします。考えてください。疑問を持ってください。どうすればいいか、どうすればよかったか。そんな仮定を強く想像してください。そして、蓄積させてください。皆さんは、それを今後、否応なしにやっていかなくてはならなくなる」
「『なんで?』ですか? そんなの決まってます。そうしないと、みんな不幸になるからです。最悪、みんな死ぬからです。世界とはそういうものです。貴方方を援助しつつ、育ててきた、前王はもういません。この都市の大人たちという、もし存在すれば貴方方への枷となる数多ももう、微塵も残ってはいません。そして、貴方方は、貴方方だけで生きてゆかねばならない」
「『分かっているが、どうしてそこまで言う』ですか。分かっているからこそですよ。ここで甘えは絶ち切るべきだからですよ。私がたとえ、どれだけ恩知らずで、どれだけ酷いことを貴方方に言っていて、まるで全て棚上げして好き勝手なことを言っているように見えても、です」
「無条件で、無私で無欲で、見返りもなく貴方方をただ、生かしてくれ、率いて、導いてくれる存在なんていないのですから。そして、貴方方の中に、私の見る限り、王の資質ある者はいません。一人、責を背負い切れるものはいません。絶対的な包容力と安心感を持つ者はいません。そして、この都市にはもう、王を無理やりにでも作り出す機構は無いのです」
「自覚しているのではないですか。全員。なら、その先も分かっているでしょう。しかしそれでも敢えて言いましょう。貴方方は、そうやって口に出された方が、心の整理もできるし、前へ走り出せる。そういう人たちでした、貴方方は」
「一見どうしようもありません。詰んでいます。それでも貴方方はやるしかない。やらねば死ぬだけだからです。足掻く他、ありません。そして、私は貴方方の王にもなれませんし、連れてもゆけません。たとえ、私が貴方たちを乗せていっても、最初の陸地に着くまですら、貴方方を生かしておくなんて、守り切ることなんて、できはしない。絶対に」
「逃げられはしません。貴方たちはきっと、選んだのでしょうから。貴方たちのこれまでの努力。強いられたから、騙されたから、ではできるものではない。私とこうやって、対峙して話し始めた最初。誰一人、私に心を読ませなかった。完璧でしたよ。ああまで何も、読み取らせないでいて、それが不自然でないように、だなんて、どれだけやってもできない」
「貴方方からさっき聞いた、私の船の仲間たちの救出の手際。見事としか言いようがありませんでした。ああいう不測の事態というのを普段から想定して、訓練を積んでいたのでしょう」
「私と結で倒したアレの血肉の速やかな焼却と、切り出した繭のその場での解体。先ほど貴方たちから聞いたその一連の流れの手際は見事なものでした」
「アレの性質については、そちら側に出たアレの仲間の死体から検証を済ませていた、というのが先ず驚きですね。そもそも、ここにモンスターフィッシュやそれに準じる類が出たなんて話、私がいた頃には皆無だった筈です。大人たちの中にもそれらに対する対処の記憶は残されていなかったことからしても、そういった存在がどう足掻いても侵入できない場所としてここは在った、ということですから」
「そして、その機構は、王の存在によって担保されていたか、都市が万全の状態で装備していた何だかが関わっている、と考えればいいのでしょうが、ここは余り考察しても意味は無いでしょう。今のところ、あれらの後続は、現れていないのですし、」
そこで座曳は結を見る。
「結が何も言わないのですから、差し迫った危機が待ち構えているとも思えません。ですよね?」
彼女はこくりと頷いた。
そして座曳はまた彼らの方を向く。
「貴方方の行った対処。あれらは火をつければ燃やせることを把握した上で、熱した棒を使い、焼き切るようにあれらをあっさりと解体した。あれらは恐らく、多分に養分を含んでいる。だから、流すのは悪手。棒を熱する種火は傍に。いざとなれば、すぐさま、全て火にくべてしまうこともできますし。繭という不確定要素も存在していた訳ですからね」
「繭については、壊れた岩を積み、組んで、作った敷居。その繭の解体。解体は一つずつ。成功したら次へ。中身の人間の拘束も忘れない。解体の一人ではなく複数人で囲うように。効くであろう手段も一つでなく複数用意。穏当なものから、もし、繭の中の者が敵対してきても無力化する手段まで。最終手段はやはり、火。対象が未知であるが故に、やり方も色々あって、その中の一つを貴方方は選んだ。そして、粗方駄目で、限りなく悪い方向へ進んだときの手段として、火を用意していたことに加え、あの苔まで用意して放つことができる状態にしていたことには少しばかり驚かされましたよ」
「誰が考えるでもなく、貴方方はそれを、意見を出し合って、自然と纏めて、やってみせた。ですよね? 結」
彼らにでなく、彼は敢えて彼女に聞いた。
こくん。
彼女は黙ったまま頷く。
また彼らの方を向いて、彼は言う。
「私が王であっては駄目な理由なんて、口にすればきりがない。何より、私では貴方たちを背負えない。過去に、貴方たちを分かっていて、危険に晒した。無邪気だった貴方たちを。私が取り戻した子供の頃の私の記憶。その中でのあの都市の子供たちは、無邪気であるように育つ以外ないようにできていた。だというのに、その中ではみ出した私だけは、分かっていて貴方たちを巻き込んだ」
「……。何も、言わないのですか? 責めないのですか? 少なくとも、私は、したことの重さと、その責任の放棄からして、今、そのつけを払わされても仕方無い、と思っているところがあります。寧ろ、言われればそうするつもりでした。だから未だ、王となる為の権利は私の手にある訳で。それこそが、この遣り取りの意味でもあります」
「どう……します? 最後のチャンスです。貴方たちは、私に対して、権利があります。私を思うがままに動かす権利が」
彼女が黙っていた理由。それは、彼が、自分がしてきた全てを不意にしてまでも、彼らが為の責を、未だ、投げ捨てず背負ったままだったから。そして、彼女は、そんな彼の彼らしさを、否定したいのに、否定する気に微塵もなれなかったから。
「どうなんですっ! 黙っていても、分からないでしょうが! おとなしく聞いているだけ、大人ぶった、自分を殺した対応がいつだってすばらしい訳ではないのです! こんな壁に話しているみたいな感覚、私は御免です! 私は、貴方たちの返答が、知りたいのです!」
彼は、そうやって、愚者丸出しに、涙ながらに一人感情的になり、叫ぶ。




