第二百五十四話 不器用な説得 前編
「なってくれるのか? 王様に」
彼らのうちの一人が、代表してそう言った。
座曳と結。そして、彼ら。対峙するように、立っている。1メートル程度の距離を空けて、昼の光差す海岸で向かい合っている。全員泣き止んで、落ち着いて、それから色々話をして、そして改めて、改まって、真剣な面持ちで本題に入った、というところだった。
ザァァ、ザァァ――
波の音が響く。
座曳は彼らの顔を見る。彼らは真剣だ。そして、その顔には、期待も諦めも見えない。ただ、座曳の意志による選択を、彼らは純粋に求めている。
(なるほど。彼らも、準備してきた、ということでしょう。今日この日の為に。彼らが生きて、意志もって今日まで存在できていたのだというのだから。そしてこれも、前王の保険の一つ。彼らに任せるという選択肢は、彼らの努力と前王の思惑から作られた。……。答えは最初から決まっています。ですが……、ますます、私が王に、という選択肢はあってはならないと思えてしまいますね……。強烈に)
ザァァ、ザァァ――
座曳が答えず、それなりの間ができていた。それでも、彼らはせかさない。表情を変えず、ただ、待っている。
(私たちが彼らに感じる距離は、あの頃の共にいた頃の記憶がはっきりとあるというのに、取り戻したというのに、先ほどの涙の直後だというのに、これです。未だ、船員たちの方が距離は近い。責を感じているのもそっち。……。それでも、全くの無関心でも、いられはしない……。何なんですか……、私は……。結論は決まっていた、全く揺るがなかった。だからやることは変わらないというのが、せめてもの救い、ですね)
そんな彼らに答える前に、座曳は横に立つ結を見た。彼女は、座曳の隣で寄り添っているだけ。穏やかで優しい目。しかし、寂しさを感じさせる目をしていた。その理由を座曳は知らない。
彼女の関心はいつでも彼で。だからそれは、彼の内心を正確に汲み取っての表情。彼の方を向かず、彼らの方を彼女は見ている。そうして、最低限、彼を勘違いさせなくしている。彼自身に考えさせる。決断を、彼自身の意志に沿った、純粋なものにさせようという心掛け。
(自分で考えろ、ということですか。えぇ。そうしますとも。そうするつもりです。最初から。無責任だと自覚したのだから、今度はちゃんと、責を果たそうと思います。私なりの方法で)
「私は王にはなりませんよ」
はっきりと、座曳はそう言った。
「そうか……」
残念だ、という感情が、彼らを代表する一人から漏れていた。しかし、同時に、その決断を受け入れるという風でもあった。
「理由、聞きます?」
そう、座曳が尋ねると、
「お願い」
「頼むよ」
「それは知っときたいね」
・
・
・
「頼む」
彼らは皆、それを受け入れた。
「私が継がなかった理由なんて明らかです。その資格はない。たったそれだけで事足ります」
「だって、そうでしょう? 私は貴方たちを捨て石にした。負ければそうなる。当然分かっていた? 違うでしょう。私は分かっていました。確かに。挑む以上、負けの意味は自分なりに考えていましたとも。ですが、貴方方は? 熱にほだされただけです。何か凄いこと、何か大きなこと。不可能なことをやろうとした私の熱量に、無謀に、貴方方は限りなく大きな幻想を見ただけです」
「今の私にとって、乗っている船の船長である男。その男がここに、そうなる前にやってきました。その男は、私たちをけしかけました。挑ませました。恐らく、その男がここを訪れていなければ、私はきっと、踏み出せなかった。あんな結果は生まれなかった。貴方方が、記憶を弄られ、生き方も意志も捻じ曲げられるなんてことにはならなかった」
「ん? 『その男が悪いのか』ですか? 当然、違いますよ。何故このような言い方をしたと思います? わざわざ疑われるような言い方を」
「はい。そうです。私は、貴方たち全員に、王という責務を分担して背負って貰おうとお願いしようと思っていました。この話の最後に。しかし、先に言われてしまった以上、今認めてしまった方が、話はスムーズに進むでしょう」
「話を戻しますね。気にせずとも、後でちゃんと説明しますよ。未だ前提が足りないので、もう少し私の理由をお話せねば」
「王とは、ぶれない道標である。私は、もし、王として相応しい存在がいるとするならば、そういう存在である、と思っています」
「あくまで私なりの考えです。おや? 納得できなくとも構わないのですよ。私が口にしたこと全てそうです。反論してくれたっていい。納得できないというのなら、突き詰めてくれて構わないのです」
「そして、私が貴方方にそんな顔を今させている。それこそ、私が王であっていい筈がないという理由そのものです。どうして貴方方がそのような反応を今漏らしたか。それは、私に対して、僅かなりとも期待、を持っていたからです。私が貴方方を率いる、という期待を。そして貴方方がそれを支えたいという欲が、あるからです。可能性を垣間見てしまった訳です」
「話を戻します。王とはぶれない道標。もし、そうである為に、何をどうしたらいいと思います?」
「『みんなの意見を取り入れる』ですか。確かに。素晴らしい答えです。他には?」
「『方針を隠さない。嘘を言わない』ですか。なるほど。他には?」
「『責任を取る』ですか。事後も施政者にとっては非常に重要ですね。他には?」
「『この人の決めたことなら、何であっても納得してついていける。多くの人からそう思ってもらえる人であること』まさしく、これまでの歴代の王たちそのものですね。他には?」
「『ここぞというところで絶対に失敗しない』ですか。確かに、そうでないと、安心してその王の下で生きてなんていけないですね。大体分かりました。皆さんが抱いていることは」
「それを踏まえて一つ、尋ねます。それって、私である理由って、あるんですか? それらの条件に適合するなら、別に誰でもいい訳ではないですか。そして、これまでの王たちは、そういう条件に、この都市を人々を調整して、その理想に限りない形で君臨していた訳ではないですか」




