第三十話 竿と糸が望む針
「針もきっと、普通のものはだめだろうね。君は魚の骨を削って針を作るんだったよね。ってことは、様々な形状を試しているはずだね。だから、普通の考えうる形状は受け付けないよね、たぶん。」
「だから、糸といっしょで、特別製のものだけ出すからね。」
普通の針は全部すっ飛ばして試していくことになった。店員が箱の中から出した針。どれも素材はモンスターフィッシュ製。さて、どうなるのか。
一つ目。
「あれ、一発目からええ感じやんなけども……。」
二つ目。
「お、これもええやんか。」
三つ目。
「おお、これもええかもしれへん。」
……つ目。
「これ最後やんなあ、これもすんごいええけど、どれもすごいしっくりくるねんけども……。」
まさかの、どれもいける感じだった。三人とも少し引いてしまうような結果が出てしまった。
「竿と糸の組み合わせが完成し過ぎていて、どんな針でも合ってしまうってこと、じゃないよね、さすがに……。」
全員の気持ちを店員が代弁してそう言うのだった。
「う~ん、普通のやつも試してみようか。」
一つ目。
「あれ、あんまりかなあ?」
二つ目。
「う~ん、これもあんまりやなあ。」
三つ目。
「全然しっくりこないな、これ。」
……つ目。
「うわあ、どれも合わないとかなあ……」
普通の素材でできた針は全部駄目だった。普段使っている、魚の骨を削って作ったものでも。針以外のオプションがついたものも全部受け付けなかった。ブイやルアーやその他いろいろ。片っ端から試していったが、どれをつけても安定して釣れる。竿と糸の性能だけで……。
まるで魚が誘引されるように食いつくのだ。店員もリールもこのようなことは見たことがない。ルアーはブイがついていない、糸にオモリをつけていないにも関わらず。本当にシンプルな、竿、糸、てきとーな針で、餌もつけていないのに次々と雑魚が釣れているのだ。
この湖ではある程度は魚が釣れるが、そんなばっさばっさ釣れはしない。そうしなくては、ベストな釣竿を選ぶ際に不都合だからだ。
モンスターフィッシュ製の針には他にない特殊な効果が出るため、通常の針を使うよりも効果が出るということだった。特定の魚を狙い撃ちするような特化された針であれば、標的の魚にはより効果が出るだろうが、汎用であれば、特に針はしっかりと選ぶ必要はないようである。
……本来なら、針は、重要度が糸に次いで高いはずであるが……。少年の感想を聞き、そんな悲しい結論を出してしまった店員は頭を悩ませるのだった。
一体どの針を渡せばいいのかな、と。
「じゃあ、この針全部渡しておくから、好きに使ってね。もっと使いこんでみたら、わずかな差でもより合ったものが見つかるかもしれないしね。そうなったら、君専用の釣具の改造とか、そっちの話もできるだろうからさ。」
結局、全部渡すことにした。
値段をつけられないであろう特別な針。それを複数。タダで受け取ることになった少年。さすがに顔が引き攣る。リールもこの大判振る舞いに一歩どころか、数十歩引いている。
たとえ断っても、この店員なら押し付けてくるだろうと容易に予想できる。また、この借りはどう返せばいいのかと。
『うっわあ……、すんごいありがたいけどなあ……。でも、これ、この流れ。この店で働くの、今また言われたらもう断れないやんけ……。もうちょい考えたかったんやけどなあ。』
「で、だ。これも君に代金をもらうつもりはないよ。タダでいいよ。まあ、それでも君が気が引けるとか言うなら、ここで働いてほしいな。」
まるで少年の心を読んだように、その隙を突く店員。悪い顔である。囲い込まれたことに気づいた少年は折れることにした。
「ははは……。ええけど、やること済ませてからでええよね。」
作り笑いでそう答える少年。リールも同じく作り笑いで、少年の身動きの取れない状況を見守ることしかできない。
で、最後に付け足す少年。
「でも、この島おる間だけやでえ。俺は釣り人やからな!」
割り切った少年と、まだ困惑しているリールは、いつまでも二人を見送って手を振っている店員の顔をたびたび振り返って確認しながらそこから立ち去るのだった。




