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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第四章 託すに足る相応しき者たち

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第二百四十八話 王の存在条件 前編


 ザァァ、ザァァ――。


 波打ち際近く。海へと足を向けて、二人は座っていた。打ち寄せる波に濡れない限々の場所で。長くなりそうだからと座って話すよう促したまではよかったが、彼女が手を放してくれなかったので、まだ手は繋いだままだった。


 座曳もそれを、こういうのも悪くない、と思っている訳ではあるが、何だか少しばかりのやりにくさがあった。


(もう、答えはぴたりと当たる、とでも信じてくれている、訳でしょうか? 未だ、殆ど何も言ってもいないのですが。まぁ、いいでしょう)


 それでもやるだけであった。


「結。私は分かっていますよ。ちゃんと。王になるという選択。それは未だ終わっていないのだと。単純に言えば、前王である父上は、私に選択肢を残した。そしてそれは、父上にとっても、私にとっても、保険となる、そう、昔の過ちを辿らぬ為の何か」


 そして、座曳のそんな含みのある言い方を、


「ふぅん、それで?」


 結は驚きもせず、平然と受け止める。


 微笑を浮かべつつも、その声は少しばかりそっけない。しかし、そんな態度こそが、座曳の口を止めず、勢いづかせず、程良い反応であると知っているから。座曳という男が、相手の様子を見て話し方を変えるということをよく知っているから。


「聞き返しもしないんですか? 折角勿体ぶったというのに」


 そしてそれは座曳自分すらも、話を聞かせているかけがえないものであっても、例外ではないのだと、結は痛いほど知っているから。座曳という男が、演じる者であることを。


「時間の都合よ。さすがにちょっと、のんびりしすぎてると思わないかしら? 私た…―」


 ザバァン! ザァァ、ザァァ――


 偶発的に来た大きめの波が、口を開いていた結と、隣の座曳を派手に濡らした。


「……。待たせてるの。これだけずっと、私たち二人っきり、ずっと静かで、だなんて、……、まぁ、いいわ。分かってるのなら」


 彼女は呆れた顔をしつつも、途中で言うのをやめて、面倒だと言わんばかりに心を読んで、投げやりにそう言った。


 そして、繋いでない方の手で、顔に飛んだ飛沫を払った。何故か濡れた衣服は放置している。いや、分かりきっていた。恋人繋ぎした手を、できる限り離したくない、ということらしい。


 一方座曳は手を放して欲しいと言いたげだった。顔は別に濡れていないが、湿った服の張りつきが煩わしかったから。しかし、そんな野暮なことは言わなかった。


 そして、彼女の首から下には敢えて焦点を合わせない。今はそういう時間ではない。真面目な話をしているのだ。一見、恋人らしいお喋りの時間であっても、遣り取りはそんな感じでも、話している中身は違うのだから。


「望んできた割には、随分そっけないですね。しかし、それはそれで話しやすいというものです。そもそも、尋ねるまでもなく貴方は気付いているのでしょう。知っているのでしょう。先ほどの貴方の一言がそれを物語っています」


 何事も無かったかのように話を進め始めた。彼女は口を開かず、聞いて頷くだけでいるつもりらしいと分かり、そのまま続けてどんどん自身の論理を彼女の前で展開してゆく。


「私がそれでも敢えて口にすることに、意味がある。そういうことですよね。ほぅ、そこ、ですか。自らが区切りをつけたかどうかは関係なく、自らが区切りをつけたという自覚、自負こそが真に必要な訳でしょう?」


 自身の感覚と彼女の表情で、彼女の抱いた疑問点は優先的に口にしながら。






 ザァァ、ザァァ――


 既に二人の服は渇いていた。彼女が手を放さなかった理由はそれにもあったのかと思いつつ、座曳はひたすら口を動かした。


「私が王となった、と貴方はつい先ほど断言しました。しかし、それは随分おかしな話でもあります。だって、そうでしょう? 民も、主権も、領土も、一体、何によって、その存在を立証されるのですか? 人、ですよ。人」


 彼女は微笑を浮かべ、頷くだけだ。


「それも、たった一人では意味がない。数人程度でも意味はない。数百人でも未だ未だ足りない。数千人。そこで漸く、辛うじて、といったところでしょうか。何よりもまず、人、つまり、民がいなくては。王とは、民の上に担がれる者、なのですから。そして、その土台が領土。その指向性を決める権利こそが主権。そこまで揃ってやっと、国というのは形作られる。王と言う者は君臨できる」


 座曳は反応を伺っている。しかし彼女は反応しない。だから、座曳は彼女を刺激してみた。


「はて? 疑問には思わないのですか? 『そもそも貴方の言っていることが当たっていたとしても、選択肢などないでしょう?』だとか言わないのですね」


 その煽りは何が為? 結は考えるまでもなく分かった。座曳は不安なのだ、と。そして、責任感故に、誰かに責めて欲しいのだ、と。それを汲み取った上で、彼女は彼の予想の斜め方向に攻めた。


(覚悟は既に決めたのは明らかなのに、情けない人ね。けれど、それだからこそ、良いのかも知れないわね。ふふっ。それにしても、似てない、わね。私の声真似。ちょっときもちわるい感じだったわよ、ふふ)


「割と自信あったんですけどねぇ。そして、二重の意味で不発、と」


 心を読んできた座曳に、今度は言葉で追撃する。


「無理してなぁい? 座曳。そういう芸風は貴方には合わないわよ。ちょっと新鮮味はあったけれど、やっぱり、臭い、かしらねぇ、ふふふ」


 それに対して、ちょっと凹んだ座曳であった。

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