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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第四章 託すに足る相応しき者たち
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第二百四十二話 彼女と彼の願いの話 前編

「では、()()()の今後の方針、聞いて貰うとしましょうか」


 座曳はそう、二人共に、であることを強調し、話し始めた。


「呪いを、解きましょう。完全に。そうして、共に、終わりが来るそのときまで、一緒にいましょう。旅を続けてもいいし、何処かで共に船を降りてもいい。それどころか、何処かに定住してもいいし、この年に戻ってきてもいい」


 遠回しな言い方。想像させる言い方。考えさせる言い方。わざと。確信犯的にそうしている。


「それはとっても素敵、ね。ねぇ、座曳。貴方、子供って、好き?」


 そう言いながら、彼女は立ち上がる。そうして、ベットの淵に座る座曳の前に、立つ。


 小さくも、各部位ごとの尺度的に言えば、全体的に、細く、しなやかで、長く、高い。綺麗に背筋が通った、一見華奢に見えつつも、体感のしっかりしていることがはっきりと分かる。


 ガニ股気味でも内股気味でもない、精密に繊細に、しかし、大胆に無理なくスムーズに動きそうな下半身。むやみやたらに細い訳ではない。唯の棒のように骨々しくなんてなく、筋による隆起が確かにあり、それが、キメのある肌でデコボコなく、滑らかに張りがある風に包まれている。バレエのダンサーのような、美しくも機能的な、無駄なく、繊細に鍛えられたかのような、足である。


 だから、その腰は受ける印象よりもずっと、しっかりしている。上体の肉の薄さは、無駄な贅肉の無さと、しなやかな筋肉に依るもの。意味無く太ましく見せない、しかし、動きを最大限に躍動的に緻密にする、筋肉。


 服の上からだと、腹が割れているかは定かではない。しかし、その、薄くしなやかに、しかし、十分に密に、無駄なく張られた、纏われた、筋で形作られる彼女の上体の輪郭は、決して寸胴ではなく、健康的にくびれてもあり、あばら骨も背骨も出ていないだろう。しかし、掴める肉は、僅かに胸部に薄くあるくらいしかないだろう。柔らかさはあるが、触れれば埋もれる類ではなく、身体つきとしたら、角ばっている、肉が薄い、と言う類ではあろう。


 それでもその立ち姿は、そうしっかり立っておらずとも、凛としていて、締まっていて、絵になるかのようにさまになる。


 色んな服がよく似合う体格だ。


「えぇ、好きですよ。旅に出て、好きだと、知りましたよ。私は、頑張る人たちが好きです。夢ある人たちが好きです。いつも心から笑っていられる人たちが好きです。そして、掛け値なしにそうだと言える存在が、子供なんです。誰もが子供の頃は、夢追い、未来への希望抱いて、生きている。眩しいんですよね。眩いんですよね。暖かいんですよね。それでいて、胸が熱くなります。そんな風に純粋に生きてみたい、と。ごちゃごちゃ考えすぎず、うじうじ悩み過ぎず、素直に真っ直ぐに生きたい、って」


 そう、穏やかな口調であるが、ところどころ、思いの詰まった、弱気な性らしい言葉を織り交ぜ、口にする。


「知っていたわ。貴方はそういう人だった。貴方自身がそれに気づいてくれた。そのことが私は、」


 そう微笑む彼女は、そんなことを口にしながら、座曳の傍、座曳の、ベットから下ろした、開いた両足の間。そこにすっと、座曳の方を向いて、


「堪らなく嬉しいの」


 しゃがみ込む。彼女がそうすることで首元にできた隙間から、薄い胸元が覗く。少女のような胸元が。しかし、そこから、懐かしい、あの甘い匂いはしてこなかった。


 確かに匂い自体は甘い。座曳の変わらず好きな匂いだった。しかし、ある種の匂いがそこから引かれたように無くなっていた。


 ミルクの匂い。俗に、少女の匂いと呼ばれる類の、幼少期から思春期過ぎて少し後までの頃までにしか色濃く匂いはしない、それを過ぎると大概の女性でめっきり薄れに薄れる、特有の匂い。


 そして――別の、匂い。仄かに。しかし、確実に。それは少しばかり混じった。


 血の、匂い。彼女の、血の、匂い。嘗て、よく怪我をした、快活だった、唯の少女だった頃の彼女の、すり傷を舐めたときの、匂い。しかし、それとは方向性が少しばかり、いや、かなり違う。


「だから、絶対に、解きましょう、呪いを」


 プッ、プッ、さらり。カチッ、スッ、サラリ、スッ。


 座曳は、彼女がそうするのを、止めなかった。


 彼女はその身を曝け出す。そこでやっと、鈍い座曳も気付いた。彼女が求めるものが何であるのか、座曳は悟った。それは、独りでは決してできないことだ。共にいなければできないことだ。そして、彼女は見掛けとは違って、もう、いつにでも大人に、なれる。そういうことだ。


 そして、その為には、邪魔なものがある。彼女にも。自身にも。座曳は彼女の目に見えるそれと、自身の目に見えないそれ、障壁。つまるところ、呪いは、共に掛かっている、と問題を意識した。


 重なり、二重の妨げになっている。解く方法は、きっと、同じ。違うように見えて、齎す結果は、同じ、残呪。


「私もだけれど、」


 右手で自身の下腹部から、その下、結晶で覆われ塞がれた箇所までをなぞってみせながら、もう片方の手で、彼の両足の間、変わり映えしないそこに優しく触れて、


「貴方も、ね」


 そう言った。

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