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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第三章 本拠地阿蘇山島
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第二十九話 紫の糸

 店員は、少年の持つ釣竿のあまりの異様さに圧倒されつつ、頭を巡らせる。


客が来た。

その客は、釣り道具をまともに使わない釣り人。

ねっとりと、その客に合ったいい竿を。

店中の竿、どれにも満足しない。


いつも使ってる竿見せてもらう。

規格外の謎の竿。

正体不明。


 このまま帰すわけにはいかない。店員は、その店を訪れた初めての客には必ず何か得てから帰ってもらうことにしている。しかし、この少年には何も与えられていない。どころか、謎の竿をこちらがねっとりと見せてもらうことになってしまった。


 だから、自分から何か与えられるものは? 店員はどうにか少年たちを引き止めながら考える。


竿は完璧。

手の加えようがない。


 そこで、店員の頭にある考えが浮かぶ。


竿は放置。

その周りは?


こ・れ・だ!


「店員さんさ、もう外も暗くなってるしもう帰ってええか? もう俺眠たいんやけど。」


「すみません、ポンちゃんもこう言っているんで、これで。」


 少年は大きな欠伸をしつつ、黒い棒を回収し、店を出ようとする。それに同意したリールと共に。


「あ、待ってくれないか! 竿はそれを使うとしても、針や糸はどうするのさ。それもしっかりと見ないといけないだろ! 君たちの竿にびっくりしちゃって、こんな肝心なことを忘れてしまうなんて、僕もまだまだだなあ、わはは! ……。」


 出口の前に回りこみ、圧迫感のある笑顔で必死に二人を止める店員。二人は呆れながらも、店員の言い分を受け入れることにした。……半分だけ。


「わかったって、店員さん。明日も来るから、もう許してくれやあ。」


「明日もこの子連れてくるんでそろそろ勘弁してもらえませんか……。」


 二人は店員に向かってめんどくさそうにそう言い捨てて、店員の横を素早くすり抜けていくのだった。






 次の日。朝。店員が向こうからやって来ても困るので、早めに起きて二人は釣具店へと向かった。これには店員も大喜び。


「おはよう、二人とも。まだ少年には僕の名前教えてなかったね。今さらだけどさ。僕は、上州(じょうしゅう)(せん)だ。君は?」


「俺は、釣一本やで。まあ、今さらやけど、よろしくな。」


 二人は笑顔で握手するのだった。


「で、だけど、針と糸。君の合うものを探そうか。竿がそんだけ凄いんだったら、糸と針にはそんなにこだわってなかったんじゃないかな?」


 店員の言うとおりだった。少年は釣り具にはこだわらず、釣り方一本に全力を注いでいる。


「確かにさ、今までてきとーに作っててきとーに使ってたわ。糸も釣り針も自分で作ってたからな。」


「えええええええええ! 君一体なんなんだよ! 針の加工もできる人珍しいのに、糸まで作れるの、君……。ねえ、一本くん。この店で働かないかい? 島にいる間だけでいいからさ。」


「おもしろそうやんそれ。でもちょっと考えさせてな。今せなあかんこといっぱいあるから。」


「はっはっは。待ってるよ。」


「じゃあ、まずは糸を色々試してもらおうかな。君の釣竿は特殊過ぎるから、君自身が色々使って、合いそうなものを探すしかないからね。この店の糸全部試しちゃおうね!」


「おお、ええの、店員さん? 竿と違って、糸は消耗品やろ。針もそうやし。」


「そんなすごい竿見せてくれたんだから、これは僕からのお礼だよ。普段なら絶対に消耗品片っ端から試させるなんて絶対にやらないけどね。」


 片っ端から試す糸。通常素材から、今では希少な無機質素材、化学素材。どれも少年にはしっくりこないらしい。強度(lb)、太さ(号数)、それを色々変えてもである。


「店員さん、ごめん、だめそうやわ……。」


 横で見ていたリールも複雑な顔をしている。この店は糸の品揃えにはかなり凝っているにも関わらず、どれも少年の琴線に触れないからだ。


「じゃあ、とっておきを出していくしななさそうだね。」


 店員は奥へ引っ込み、バックヤードの一際豪華な、巨大な宝箱を持ってくる。その鍵も持って。


「これはね、この店の品の中でも最高のものだ。全て、モンスターフィッシュ素材。それも普通出回らないやつだ。」


 順番に試していく少年。一本目。モンスターフィッシュ、ネバリトウメイマクシロイトグモの糸。透き通っており、はっきりとした太さは目では分からない。モンスターフィッシュ素材の糸には、強度も太さも数値で示されていないのだ。


「うーん、これも合わないかなあ。」


 二本目。三本目。四本目。五本目。六本目。七本目。……本目。もう数は分からない。片っ端から色々試すがどれも合わないようだ。


「じゃあ、これはどうだ?」


 最後の糸。少し明るい紫。梅紫(うめむらさき)色の糸。物凄く細い。目でぎりぎり見えるかどうかという太さ。光沢もない。


「この糸ね、僕にも何か全く分からないんだ。どうする? 試してみるかい?」


「お、なんか分からんけど、それすんごいよさそうやな。」


 横で目を丸くしているリール。宝箱の中の品は全て、店員が個人的に収集している、趣味である。売り物ではないのだ。それを少年に片っ端から試させるなんてとても信じられなかった。その上、リールがどれだけ頼んでも触らせてもくれなかった紫の糸。それを惜しげもなく少年に渡したのだから……。


 店員に、糸の先を竿の断面につけてもらう。どんどん糸が吸い込まれていく。


「針はいつも通り、自作のこいつをつけて、と。」






「うわ、どうなってるんや、これ。水の中の振動がごっつい伝わってくる。なんか水の中で動いててるな。魚の動きが全部伝わってくるで。距離、泳ぐ速度、向き。なんとなくやけど分かる!」


 釣竿を下ろしてしばらくして。


「かかった。間違いないわ。どうやって噛み付いたかまで、まるで目に見たように分かるでえええっ!!!」


「うん……、すごいね。そこまで分かるなんてね……。」


 魚のかかった竿を上げる少年。


「っ、……っえええええ!」


 雑魚を釣り上げた少年は目の前の光景に驚くばかり。糸から、何か、長い線がたくさん出ている。横に、斜めに。それが、生じて、消えて、生じて……。


「その糸ね、名前はあるんだよね。僕がつけたんだけど。紫電糸(しでんし)。まるで雷みたいじゃないかな? それ。」


 少年はおそるおそるその糸に触れてみる。


「ぎぃやぁぁぁぁぁっ! え、え、えっ、え……。」


 痺れる。一瞬であったが、体がすくんだ。


「それね、水に漬かると本当に雷を出すみたいなんだよ。そんなに激しくではないけど。君の竿並みに異常な珍品だよ。」


 電気は水中では拡散する。この糸からの出力だと、触った者が感電するなんてことはまずない。しかし、この糸は、水中に入れると、その周囲に枝分かれした糸のように雷を放出し、本体に回収することを繰り返す。決して拡散してしまわないのだ。


 だから、この糸はたとえ知恵が働くタイプのモンスターフィッシュであっても切ることはできない。モンスターフィッシュの中には、その知恵で、釣り糸を切って釣られることを避けるものもいるのだ。


 しかも、この細さであるにも関わらず、強度は測定不能。考えられる限りのあらゆる無茶な測定をしても、切れないのだ。


 それに、糸から出る雷も、尽きることはない。自動で充電されるらしい。


 これらの多数の特性からモンスターフィッシュ用の釣り糸として至高であるが、全く流通していない。この糸、この店員しか持っていないのだ。


「どうだい、これは。」


「これ、これや。店員さん、これいくらなんや?」


 少年は、幾らでも


「あげるよ、君に。」


「……えっ、上州さん、正気ですか!!!」


 その糸が出てきてからずっと、驚きで固まっていたリールが、その言葉を聞いて、名前を出してまで、彼の正気を確かめる始末である。


「タダ? まさかのタダなんか、これが……。さすがに俺でもこれがやばいものだってことは分かるで。決してタダでもらっていいような品じゃあないやろ……、それに後が怖いわ。後で俺の釣竿代わりにくれとか、言わないよね……。」


「言わないよ、そんなこと言わないって……。僕正気だからね。リールさんが男の人の名前を呼ばせてしまうくらい驚かせてしまうなんてね……。」


 少年は店員のことを(いぶか)しんでいる。昨日の店員の態度からして、今の言葉は到底信じられないのだった。何か裏があるのではないかと。店員を疑っているわけではないが、今起こったことが全く信じられない、そんな様子だったのだ。


 リールは普段、男の人を名前で呼ばない。名前が関係した渾名すらも。少年のことはずっと自身のつけた渾名で呼んでいるが。店員はそのことに気づいていたが触れるのはやめておくことにした。


 二人の反応を見て少し困ってしまった店員。誤解を解こうとする。店員は正気である。






「君の釣竿、言葉にできない程すごいよね。僕は、人に合った釣具を見繕う者として、その釣竿に合うものをなんとしても出したくなったんだよ。それ以上の糸はないから、それがだめだったらお手上げだったんだけどね。」


 そう言ってにっこりする店員。


「その糸は、僕もテストしてやばさは分かってたさ。でもね、糸から、水中のものの動きとか、向きとか、形とか。泳ぐ動きとか、早さとか。そんなものが分かるなんて全くなかったよ。」


「僕もこれでもモンスターフィッシャーなんだよ。腕にはけっこう自信あるしね。だけど、君はその釣竿で、糸の更なる性能を引っ張り出したみたいだった。君の腕かもしれないし、竿との相性が物凄くよかったのかもしれない。」


 先ほどの光景をしみじみと思い出しながら一方的に語る店員。


「でも、君のその言葉を聞いたときに思ったんだ。この糸は君の手にあるべきだと。だから、これはタダであげよう。僕への見返りは、この糸の性能を発揮できる釣り人がいたと知ることができたこと。それで十分だ!」


「じゃあ、次は針だね。その針と糸にふさわしい、とっておきを見つけよう!」


 少年とリールが口を挟む間もなく、糸の選択は締められた。次は針だ。店員の熱い語りに押されていた二人は気持ちを切り替えた。

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