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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百三十九話 演じる座曳の痩せ我慢、そうして彼はやり切った

 座曳は、隠されていたそれに、気付いた。


 結・紫晶を睨むその隻眼。その黒目が、二つに割れ、別れていたことに。


(……睨めますよね、それなら。しかし……隠していたということは――後に続く手は、無い可能性が高い、つまり、ここさえ凌げば、いい訳です)


 体に鞭打ち、座曳は動き出す。


 すっ、スタタッ――


(痩せ我慢に慣れた、船での生。皆と比べると未だ未だですが、それでも、だいぶ、無理が効くように私はなってたみたいですね)


 結・紫晶の方へ、ではない。彼女の方へ走り寄っても、何の解決にもならないから。寧ろ、彼女が更に動揺し、重みに耐え切れず崩れるのが早くなるだけだ、と。


 ウミヘビの左目側。ウミヘビの死角と化した、座曳の方から見ると右側。弧を描くように、駆ける。走破しなければならない距離は数十メートル。


(息が上がることすら、後回し。そんな無茶。しかし、痩せ我慢であるからこそ、やはり、そう持たないでしょう。苦しい筈なのに、意識すら本来薄れ始める筈なのに、そうなっていないのは、後回しにしているだけ。ここで、決める。見落としはもう、許されない!)


 シュッ、


 飛んできた尾の、大雑把ではあるが、素早い一撃。


 トンッ、クルッ。


 それを座曳は、跳び、頭を下に、足を上になるように体を捻り回すようにして、自身の勢いを落とすことなく、珍妙に、しかし完全に、躱す。その一撃が、巻きつく一撃でなく、薙ぎ払う一撃と読み切って。

  

 クルクル、スタッ、スタタタタ――


 敢えて、後ろは見ない。たとえ、彼女が重みに耐え切れず下敷きになっても、駆けつけるつもりはない。それでは共倒れ。それに、その程度で、彼女が自滅的に致命傷を負うことになるとは考えにくかったから。せいぜい、重症程度、だろう、と。


 優先すべきは、その巨大なウミヘビの始末。解決には、それしかないのだから。 


 敢えてそう俯瞰していた。敢えて、彼女に比重を掛けなかった。今の座曳はこれ以上なく冷静だった。追い詰められ、その上で、状況の判断と行動、そして先読みと、それが逸れた際の別の可能性の配慮。


 理詰め。


 それができている限り、座曳は、決して、他の船員にも、船長や少年にも、劣らない。


「頂きますよ、その片目も」


 わざと、そう言葉にする。


 それが、人の声を言葉を認識するのだとすれば、そう――その、高く聳えた頭は下を、向く。


 腰の予備のナイフを抜き、巻きつける時間は無いのと、敵がそろそろ慣れて対処してくる頃という考えから、敢えてそのまま、


 スッ――


 投げる。


 案の定反応してきたウミヘビの尾は、


 ドゴォッオオ、バゴォンンンンン、ブゥオオゥウウウウウウウウウウ!


 豪快に空を切った。


 ヒュゥゥゥ――


 ナイフは飛んでゆく。


 もう、守るものはない。あれば、あのような雑で、不確実な、尾での防衛行動など取りはしない。しかし、あと、もう一手、いや、二手欲しい、と座曳は更に動いた。


「結ぃいいいっ!」


 だから、振り向かず叫ぶ。動けるようになった彼女に、きっと汲み取って貰えると信じて、動くよう促した。


 ゴォォオンンンンンンンンン、メキキキキキキキ、バキキキキキキキ、ボゴォオオオオンンンンンンンンンンン、ガラララララララララ、ズゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウ、ブゥゥゥウウオオオンンンンンンンンンンンンン――ヒュゥウウウウウウオオオオウウウウウウウウウウウウ、


 彼女が砕き抉り持ち上げ投げた、これまでの数倍から数十倍はありそうな、上方向へ放射状に投げられた巨岩がウミヘビに着弾する直前、


 カンッ!


 ウミヘビの目に直撃する軌道だった筈のそれが、ウミヘビが直前に動いて、目尻付近に当たり、落ちる。


(流石、結、です。これで、)


 座曳の目にも、その巨大な影と、巨岩の襲来はしっかり映っていた。もう、このウミヘビには手はない。そう思いつつも、予備のナイフを二本。


(予備案を採用せずとも()()()()())


 シュッ――

 シュッ――


 投擲。


 ゴォオオオンンンンンンンンンンンン!


 ウミヘビが、避けられなかった巨岩に当たる音。頭に当たったそれにより、その巨体は砕け、落ちてゆく岩と共に沈黙し、そこに、


 ブチャァアアアアアア!

 ブチャァアアアアアア!


 二本のナイフ。そのウミヘビの隻眼の二つの瞳孔を、潰した。


 ぐらり、ヌタッ、ブウウウウウウウウウウウウウウ、ドゴオオオオンンンンンン!

 ヒュウゥウウウウ、ドゴオオオンンンンン!


 地面から突き出ていたその巨体の頭側部分と尾側部分が、弛緩し、しなり落ちるように、倒れ、


 バキキキキキキキキ――、ブゥオオンンンンン、ボォアアアンンン、ボァアアアアンンンン!


 埋もれていた、節々が所々球状に膨らみ、うねりうねった中間部が、姿を現した。


(消化吸収、できていない、ですか。予期せぬ幸運、でしたねぇ。しかし、そろそろ私の痩せ我慢も限界、ですかねぇ……。中の彼らには、目を覚ましたら、一旦ちゃんと、謝らせて貰うとしましょうか。許してもらえるもらえない関わらず、兎に角、そうしたい……もの……です……ね……)


 ドタタタタタタタ――


「座曳っ! やっぱり貴方、凄いわ!」


 と、全速力で駆けてきた結・紫晶。しかし、もう座曳の目は霞み、見えていない。意識は朦朧とし、飛ぶ寸前。彼女の半ば呪いの解けた姿どころか、その生身の汗の懐かしい匂いどころか、彼女の触れた、生身の掌どころか、その言葉すらはっきり聞き取れはしなかった。


 ふらりと崩れ、その体を結・紫晶が支え、それでも、決めていた通り、座曳は言葉を口にする。


「結。未だ、呑まれた船員たちは恐らく生きています。船の彼らを呼び、救出作業、お願いしますね。そして願わくば、謝る機会を与えて…―」


 そうして、最後の数文字、尺足らずではあったがやりきって、


(今度は……失敗……せず、遣り遂げ……ましたよ……。それも……ちゃんと……生きて……)


 座曳は穏やかに目を閉じた。

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