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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百三十六話 回避、翻り、攻める

 コトッ、コトッ、


 後ろに数歩退く動作をしつつも、体は前屈みな中腰の姿勢になっていて、腰の仕掛けを放とうと思えばいつでも放てる状態を座曳は保っていた。


 誘っているのだ。着実にその時が来ると読んで、待ち構えているのだ。


(さて。更に、)


 さすり、さすり、――


(これで、どうですかね? 策は弄してもそれを常に張り巡らせる必要などなかっただろう強者には、これは効くでしょう? 私は弱者。知恵はある、しかし、弱者。だからこそ、それを演じることなど、他愛ない)


 擦り足でゆっくり、転ばないように下がりつつ、額から汗を流しつつ、手を震えさせる。息を抑え、わざと酸素を少し不足させつつも、息は切らしたように大きくしつつ、向けた目は時折ピントを逸らすようにずらす。加えて、時折後ろをさっと向き、すぐ振り向く。


 さすり、さすり、


 そう誘っているのだ。相手は必ず一呼吸置く、と信じて。不安要素が未確定要素がある中での、命掛けの推測と選択。もしそれで機を掴んだらものとする為の手段。腰に括り付けた仕掛けを引き千切り、引き金に巻きつけるように投げるだけ。それで、事足りる。的は大きく、タイミングは緩い。


 縋る理は、ここまでの自身の観察と考察。その積み重ね。


 そのウツボには、能動的な攻撃手段は二つしかない。噛みつき、か、身を使ったうねるような体当たり。そして、主体であるのは前者。後者はどちらかというと防御寄りであろうことは、あのジェット機関ごと射出したナイフを弾き飛ばしたような体全体を使ったあのすさまじいカウンターを、しなる巨大な鞭として振るう、転用することは無かったからだ。


 できるならやっている筈だ。それは手っ取り早く、繰り出しやすく、攻防一体。狙いも大雑把で問題無く、相手の無力化には最適だろう、と。


(蛇のような特性はない。巨大であってもウツボの範疇。怪しい点はあったとはいえ、結局、攻めっ気はあまりない方だったということでしょう。他のモンスターフィッシュのような、特異な攻撃手段は、あのカウンターを除けば、無いでしょう。なら、頭が自由な以上、今度は、)


 ゴォォォォォオオオオオオオオオ――


(そう、するでしょうねぇ)


 ウツボは、体をうねらせて、座曳の方へ向かってゆく準備を始める。頭だけで食いつける範囲なんて限られているから。当然、胴も、噛みつくという行為には使われる。


(隙、だらけです。大口を開いて噛みつく動作というのは、体の内側という弱点を露出させることでもある訳ですから)


 二発目の岩を弾いたときの動作と、今の、体勢を整える行為で、薙ぎ払いや巻きつき拘束といった挙動はまずしてこないと判断したから。可能性がゼロとはいえない。しかし、座曳は、目の前の存在と比べると、無力で、脆い。だから、したくなくともそうせざるを得なかった。


 やっていることは危険極まりない。予想が、思惑が、一つでも外れれば、容易に為す術なく、座曳は死ぬ。


(毎度のこととはいえ、嫌ですね、こういう選択は。自分が弱者で無能で、至らないことを思い知らされる。船長やリールさん、あのポン君や、私の采配至らずで亡くなったクーさん、ポーさん。皆のように、私には、強引に、全て塗り潰すような圧倒的な奇抜で力技な手段はいつも、無い……)


 それでも、


(しかし、だからといって、私も、今日まで、生きてきた。だから今日も、生きてやる。継いだその日に終わりになんてする程私は愚かでないと、何もできないなんてことはないのだと、証明してやる。なに、)


 座曳は、


「ふっ」


(所詮、唯のいつも通りさ)


 鼻で笑うように心の中で嘯いてみせる。すると、


 ギロッ。


 敵の目が濁る。そして、


 ニョルッ、ニュッ、コッ! コッ!


 敵の外の口と内の口。二つが、大きく、顎を開け、開いた。


 ギロリ。


 敵の濁った目が、一際強く澱み、そして、


(今、です!)


 ブゥ…―


 動き出した瞬間に合わせた。


 ブゥオオンンンンン、


 射出!


 ドォオオオオンンンンンン――、


 そして、予備のナイフを出しつつ、左前方へとさっと動きつつ、ウツボの右目掛けて振るえるように構えていたが、


 ゴッ、ブチュ、ブチャァアアアアアアアア――、


 思ったよりも早い、二つ目の口を越えてから早い段階で軌道が逸れて、内壁にぶち当たったらしく、当たったらしい瞬間、座曳から30センチ程度のところでウツボの口は力なく、閉じる。そして、急に動きを止めたかと思うと、激しく、ゴム状の何かが裂けるような音がして、血が噴き出るような音がして、


 ブチブチブチブチブチィィイイイイイ、


 裂け千切れるような音がして、


 ヌッドォオオオオオンンンンンンン――、


 貫いて突き出てきた仕掛けが、都市の外壁に向かって飛んでいって、ぶつかって、


 ドゴォォオオンンンンンン。


 当たった部分からそれなりの範囲、数十メートル四方を浅く、砕いた。


 そして、目を完全に濁らせて、動かさなくなったウツボが、


 ゥゥゥウウウウウウ、ドサァアアアアアアアアア!


 その身を力無く崩し、びくりとも動かなかった。

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