第二百三十五話 防戦、見て、見切って、
(諦めてなるものですか。抗う、術は、ある。今、できた)
座曳は、姿勢を低くし、
ガシュッ、スッ、
かわし、
ブンッ、ガシュッ、
首振りざまに座曳の高さに合わせてきたそれを、
ニュッ、ストッ。
斜め下方向に蹴り降りて躱した。
(自身の体を傷つけない為に、加減せざるを得ない訳です。悪手、ですね。焦ったのか、それとも埃でも払う程度と嘗めたのか。しかし、攻めっ気や知恵を弄されると、きつかったですね。私にとっても、足場というきつい枷があった訳ですから)
そうしてウツボの巨体から、しゃがみ前屈するかのような姿勢で降りたと同時に、座曳は、間髪入れず動く。さっと目星をつけて、その辺に転がる岩の断片のうち、細長く尖ったものをさっと三つ、音を立てないように、視線をそれらに一瞬向けただけでもう見ないようにして、掴み、引き寄せ、自身の後ろに回した。
後ろ手に、ジェット機関と尖った岩の一つを素早く結び付ける。腰とジェット機関を連結させている紐の部分にシュッ、とその尖って岩で傷をつけつつ。三秒足らずの早業だった。
冷や汗を流しつつも、中腰になるように腰を上げ、残った岩二つを、それぞれの手に一つずつ、ウツボ側から見えないように握り、立ち、まるでそれが唯の汗であると繕って、にやり、とウツボに向かって挑発した。
(ほら、挑発ですよ、分かるでしょう? それ位の知能はあるでしょう)
心の中でわざとらしく、半ば嘯く。
(しかし、貴方には分かるまい。私の内心のこのヒヤヒヤを。気配もなく、不意に、一瞬で、目の前に大きく開いた口が現れるなんて、やってられませんよ、まともに! しかし、それでは所詮、獣の知恵、ですよ)
残り半分は本心。だから、その挑発は程良く本物に見えるようにできている。
(こちらの攻め手は少ないのです。握りしめた保険、使うとしましょう)
片手で一つずつ横方向のカーブを描くように投擲した。左からが先。後発が右から。微妙に時間差を入れて。仕込んだジェット機関と岩は、腰。それをごまかすと共に、牽制する為に。おまけに、利き手ならぬ、利き噛みを測る為に。挑発の重ね掛けの意味まであった。
(どっちにしても、三個も括り付けるには到底時間が足りませんし、流石にばれるでしょうからね)
ピュッ、モチュッ、ポトリ。
最初に当たっていった方は避けも弾かれもされなかった。尖った面ではなく、横向きにぶつかったというのがその理由の一つかも知れないが断定するには弱い。もちっとした肌に触れて、勢いを失って、地面にぽとり。
(ちょっと、反応が遅いような気がしますね)
続いて、二発目が着弾する。
ピュッ、ウネッ、モチュッ、ポトリ。
(おや? 今度は弾くのではなく、当たる角度を変えて無力化しただけ、ですか。もしかしてあのカウンター、かなり使い勝手が悪いのでしょうか? あれだけの巨体をうねらせるのは体力の消耗激しそうですし、しかしタイミングを合わせるのはそう難しくはないのでしょう。だから、使わないことを今の場合は選択した、ということでしょうか?)
思考を加速させる座曳は、その挙動も早めていた。
(しかし、明らかに、器用、でしたね。左噛み、左曲がり、ですかね。最初の渾身の一撃弾かれたときは分かりませんでしたが。いや、あれはそういうのとは別、かも知れませんね。何れにせよ、脆いながらも理は得ましたよ。繋がりました。これで、通せる)
ウツボは、座曳をその目を濁らせつつ、見下ろしている。威嚇。圧。それをいちいち繰り出すのが、このウツボの特性なのだろう。
それを見て、座曳はしめた、と顔に出さずほくそ笑む。
(おぉ、やはりそうきますよね。したくなかった危険性の無視を敢えてやった意味があるというものですね)
座曳は、もう一人でこれを何とかしてしまうつもりでいた。結・紫晶のことは敢えて深く考えないようにしている。
(そのうち結もやってくるでしょう。それまでに、けりをつけてしまうとしましょうか)
浅く、楽観的に、そう一旦心に浮かべておくことで、不意にその声が聞こえてきても、集中が途切れることは、隙になる程には意識を割かれることはない。
結・紫晶がそもそも、そういうことが分からない、察することすらできない、荷物の類では決してないと、座曳は知っているし、信じている。
だからそれは、自身の甘え、油断を絶つが為の保険でもあった。
やることは決めて、理から策を弄し、反撃の術は用意したのだから、後はやるだけなのだと自身に今一度言い聞かせるための。
それに――この程度で縋りつくようなら、とっくに座曳は、死んでいる。




