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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百三十四話 見落としの代償

 ゴォォォォォオオオオオオオオオ――、


(止める術は……。それに、)


 ちらりと、一瞬振り向き、見渡すと共に、結・紫晶がこちらへ向かってきている様子どころか、感知できる範囲に居さえしない、つまり、この事態に気付いていない可能性すらある、更にその上、先に既に巻き込まれたなんて予想すら、座曳の頭の中で構築され、展開され、駆け巡ってしまった。


(結……、どうすればいいのですか……)


 結局、そんな方向にばかり頭がいって、まともな打開策の一つどころか、駄目元で試せそうなことすら思いつきはしなかった。


 ゴォォォォォオオオオオオオオオ――、


(今は未だ、動けません……)


 捨て身にならない程度には、座曳は冷静だった。しかしそれでは手をこまねいているのと大差ない、それは当然のように、 


(はっ……!)


 ボォコォオオオンンンンンン、ガララララララ、


(逃げ……られる……!)


 未だ尾は地中。しかし、その口は、頭は、都市の外壁へぶつかってゆき、罅を入れてゆく。


 ボォコォオオオンンンンンン、ガララララララ、


 ぶつけ、


 ボォコォオオオンンンンンン、ガララララララ、


 ぶつけ、


 ボォコォオオオンンンンンン、ガララララララ、


 ぶつける。


(遅延程度でもいい。時は見方です。時間を、稼がなくては)


 座曳は碌な方策すら思いつかないままに走り始めた。


 トッ、スタタタタタタ、


 どうやってそれを止めればいいかなんて分かりはしなくとも、できることはある筈だ、と。


 禄に動けなかったとはいえ、座曳は何も考えていない訳では決してなかったのだから。策を弄する為に、状況を見て、情報を、集めてはいたのだから。


 トンッ、


 蹴り出し、飛び上がる。


 決め手にはならなくとも、ある程度の試行くらいは、すぐさま行動に移せる。しかしそれは、先ほどまで保留していた。つまり、本来なら、したくはないこと。見込み薄いこと。リスクに見合ったリターンを得られる見込みが薄いこと。


 ヒュゥゥ、ドチュン、


 その巨大な魚体へ、飛び乗った。足裏に伝わってくる、柔らかいものがうねるような感覚と、その巨体故の弾力。少し体制を崩しそうになった程度で、すぐさま座曳は動き出すための姿勢を取れて、


(立ってられない、という程ではないですね。それどころか、これなら!)


 のちゅっ、のちゅっ、もちゅっ、もちゅっ、どちゅちゅちゅもちゅちゅ――


 間の抜けた音など気にも留めず、走り出す。目指す先は、頭。うねり、時に形帰るその蛇行した道を、走り抜ける。






 どちゅちゅちゅもちゅちゅ――


 数十メートル進み、頭は未だ、きっと数十メートル先。スケールの大きさと、それがうねり動くが故に目測は大きくずれる。


 座曳は速度を緩めてはいない。しかし、早めてもいない。状況の変化。それがいつ起こるかと、行動を変化させられるように、敢えて全速ではない。


(思った以上に、飛び乗った私に、こうやって体の上を駆ける私に反応しませんでしたね。見向きもしなかった。今も。しかし、そんなものが都合よく続く、とも思えない)


 ゴッ、ゴッ、ゴッゴッゴッゴッ、ガゴゴゴゴゴゴゴ―― 


 どちゅちゅちゅ、うぉん、のちゅっ、もちゅちゅちゅちゅ――


 ウツボ自体の小突きの揺れが、頭に近づくにつれ、揺れに乗ってくる。座曳はその程度では未だ、体勢を崩しはしない。


 それよりも、そのウツボが、未だ、


 ゴッ、ゴッ、ゴッゴッゴッゴッ、ガゴゴゴゴゴゴゴ―― 


 損耗すら見せず、だというのに、何故か未だ岩壁を砕き切れていない様子であることが頭に引っ掛かっていた。動き始めたが故に、混乱はなりを潜め、頭が回り始め、視野が広がり始め、


(このウツボには損耗が見られません……。都市の外から来たようであるのに、苔による浸食を受けた跡がありません。肌への水の供給は未だ大半が埋もれているだろう地面の下の海に接した部分で。呼吸は……分からないですね。えらを水から出して随分経っている筈です)


 初見で気付く筈だったようなことがどんどん意識に上がってきていた。


(どうも、行動が降り切れていない。中途半端です。逃げるなら逃げるで、そうすればいい。父上の遺骸も、そうやってキープするなら、一つ目の口とその奥二つ目の口の間に収納して、そうすれば、一つ目の口と歯を、脱出の為の岩盤切削に使えるでしょうに。それ位、思いつかないとは思えない。あからさまに私を見て威圧してきたり、私の攻撃に激しい牽制を返してきたり、父上の遺骸を千切れないが放してしまわない程度に、激しい動作をし続けながらも続け、こうやって、乗っかって頭の方へと向かう私を今度は明ららさまに無視している)


 そうすれば、立ち戻るのは結局最初だ。答えが出ない。それどころか、答えの姿も方向性も見えない。なら、


(……なら、私は何か、見落としている、筈です……。本当にこのウツボは、父上の遺骸が出来上がるのを知っていて待っていて、時が来たから出てきただけ、なのですか……?)


 前提が、間違っている。






 ガァオオオンンンンンンンンンンン、ズルルルルルルルルルルルルルルルルル――


(っ! )


 ゴッ、ゴッ…―、………………。


(止まっ……た……?)


 起こった変化は、座曳の予想していないものだった。


 ウツボの頭は見えない。横向きに罅割れ、砕かれ、めり込ませた頭は、丁度、そんなウツボ自体が作成途中の横穴に埋もれた状態で動きを止めた。その体はうねりすら止めている。沈黙している。


 もちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ――


 座曳の駆ける足音は、ウツボの体が力籠もらず弛緩した状態になっていることを示していた。


 走りにくくなっていた。足はよりめり込み、バランスはより、取りにくくなる。取り敢えず、理由は分からないが、ウツボは止まった。遺骸を持ち逃げされる恐れは、今のこのとき、沈黙が続く間は、無い。


 しかし、座曳の焦りは大きくなっていた。


(嫌な……胸騒ぎが、します……。急がなければ。確かめなければ。取り返した上で、この沈黙に、いや、この乱入に、理由を、付けなければ)


 状況が一見自身の都合良く動いたことよりも、それが理由の付けられない不可解であることこそが本当に見るべきところで、それこそが、後に予想外で、対処のしようのない展開を、理不尽を、災厄を、齎すことを座曳はよく、知ってい…―


 ギロリ!


 ボトッ。


 放し、落とされた王の遺骸の、音。


 気付けば、それは、その顔を、口を、向けていた。座曳の正面に。音もなく、挙動もなく、その頭を岩肌から引き抜いて、輪状の袋が広がったような口が、そこに生え揃った小さな三角の刃が逆立つように並んだような歯が、その奥に見える二つ目の口とその奥の歯が、


 ブゥオゥ――


 迫る。


 座曳を見据える目が、どんよりと濁った。


(狙いは……私……か……)

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