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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百三十二話 ゴールデン・ハーヴェスト ~最後の一房と収穫の鎌~ 後編

 【golden harvest】。それが見られるのはいつも、収穫よりも後の時期だ。収穫は夏。黄金色に色づくのは秋。とどのつまり、この光景というのは、収穫が滞りなく行われたが故の、後の光景なのだ。次の年の為の稲穂の分を残して収穫を終え、次の年もそうすることができるだろうと望みを存分に残すことができたことを示す、過去の収穫と未来の収穫の種の証。


 王がこんな光景を選んだ時点で、座曳がこれの意味を汲み取っていた時点で、話し合いは既についたも同然のことだった。


 だからこその些細な無駄話。離れすぎた親子の、不器用なりの親子らしい唯一最後の遣り取り。


 ビュゥゥゥッゥゥゥウウウウウウウウォオオオウウウウウウウウウ、ザァアアアアアアアアアアア――


 一際強い風が長めに吹き、稲穂が、騒々しく揺らぐ。僅かに残っていた黄金色の空が歪み、闇が所々に浮かび上がり始めた。


 座曳の立っている周囲の稲穂もところどころ、闇に呑まれ、消え、穴が空いた。座曳は、空を仰ぎ、足元を見下ろし、


(……、もう、ですか……。なら、せめて、嫌な役目くらいは、ここから最後まで、私が…―)


 切り出そうとすると、 


【頃合い、か】


 先に言われてしまった。しかし、そこで座曳は沈黙しなかった。


「ええ」


 声に動揺を含ませることなく、そう、悲しく、答えた。


【剣は、持っているか?】


「ええ。よく、使い慣れたものが。無銘ではありますが、私の旅を支え続けてくれた、愛用品です」


 シャッ。


 抜いて、後ろに翳すように見せた。


【そうかそうか。それは、さぞ、この場に…―】


「この場に、相応しいと言えるでしょう。後は、引き受けます。()()。私なりの、やり方で、ですが」


 そこで、


 スッ。


 座曳は振り向いた。


 すると、


(……。不完全な不死の、末路、ですか……。本来、そうなること何ぞ、無かったというのに……。今更、どうこう言うのは、止めましょう。最後です。きちりと、締めなくては。遣り遂げなくては。幕を下ろさなければ)


 ケロイド状に無秩序に無作為に膨れつつも、骨子が潰れ縮んだ、白い皮膚と赤いケロイドの肉の平たくゲル状に伸びた、目も鼻も口も手も足も一切ない、時折脈打つ平らな肉塊が、そこには、あった。


【済まぬが、頼んだ……】


「えぇ」


 トッ、


 飛び込むように、振り下すように、被さり、埋もれるように、


 シャッ、グッ、グシャッ。


 振るい、その中心を、砕き貫いた。


【……。……。…………。………………。結、と……幸せに、な……】


 王か、父か。最後に選んだ言葉は、父としてのものだった。


(結局、あの水牢の中でしか、ティヴェリウス、とは、私を呼びませんでしたね。貴方自身にとっても、それは、押し付けられた名だった、ということでしょうか……。そこで既に、貴方の方針は決まっていたのでしょうね。父親として、ですか……。……。それでも私は、全て、背負いますよ。……聞こえてくれていたら……伝わってくれていたら……いい……ですね……。やらねばならないとはいえ、こんなことをしていて……何言ってるんでしょうね、私は……)


 その血は、黄金色だった。暖かな熱を持つ、不死の因子含む液体だった。座曳はそんなものに埋もれ、塗れ――気付けば朽ち果て苔生した、城。


 その王座に座曳は座していた。





 ブゥオオゥゥゥゥウウウウウウ――


 風が、正面、王の間の入口の方角から、吹き寄せた。


 ゥゥゥゥゥ――


 どうやら、それは、止むことなく吹いているらしい。時折強く吹くことがあり、基本的には、弱く吹き続いているようだった。


 座曳は立ち上がらない。


 眺める。近くから、遠くへ。


 先ずは、自らの身を。


 ナイフは握ったままだった。それを先ずは腰に仕舞う。ナイフの刀身も、座曳自身の纏う衣服も、座曳自身の体も、黄金色の血肉に塗れた跡は無かった。


 そこから続く赤い絨毯はボロボロに朽ち、黒緑色にところどころ腐食していた。


(王が定まった。だから、都市の崩壊は止まった。王城も崩れたままでいる必要は無くなった。しかし、喪った民は戻らない。朽ちるに至った時間と傷跡は完全には消えることはなく残り続ける。そういうことですか)


 立ち上がった。


 振り向き、座っていた玉座を見る。石の、椅子。無機質で尊大な、人の手に余るかのような、椅子。人の背よりもずっと高く聳える背面。代々の王による、座面全体窪みのような摩耗の跡。手と肘を浅く型取るかのような肘置きの摩耗。


 ブゥオオゥゥゥゥウウウウウウ――


 風から目を逸らすように、王座の向こう、後ろ、その先をふと、見た。見て、しまった。何となくだが、座曳は、そうしてしまった。


「父……上……」


 潰れそうな声で、呟いた。


 潰れた肉の袋、赤色の血をぶちまけた、生前の姿留めぬ父親の遺体を、座曳は、見つけてしまったのだ。 数メートル先に。そう。そんな近くに。


(分かっていた、筈です……。こういう可能性は、考慮できた……。駄目、ですね、私は……。相も変わらず、救えない……。力の制御を失いかけて、弱りに弱っていて、なら、物理的な距離がそう遠い訳なんて、ある訳がないじゃないですか……。それに、どうして、私は、風に、疑問を持たなかったのでしょう……。()()()()()……)

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