第二十八話 少年の釣竿
「……どうすればいいんだい、これは……。」
「店員さん、私に振られても……どうすればいいんですかね……。」
この釣具店は、町の北部にある。そこは、湖に面しており、客が釣具を試すことができるようになっている。しかし、少年は一般的に釣りに使う道具を片っ端から試したにも関わらず、どれもしっくりこなかったのだ。
からくり付きの釣竿。振り出し竿、リール付き竿、ガイド付き竿、中通し竿……などなど。様々な素材でできた竿。竹、スチール、ガラスファイバー、カーボンファイバー、チタン、ファインセラミックス……などなど。
基本的な竿選びだけでも、この店ではかなりの数があり、大変である。今の時代では非常に希少な素材の竿もたくさん含まれているが。
「なんかなあ、どれもしっくりこないんよ。」
少年の一言に唖然とする二人。今の時代では望んでもそう簡単に手に入らない数々の優れた竿。そのどれもをばっさり切り捨てたからだ。その素材でも同じ反応。同じ素材で調子が違うもの同士で比べても、どれも少年としてはなしらしい。
「普段俺が使ってる竿はこれやねんけどな。一年前から毎日使ってたんやで。」
少年が島から持ち出した数少ない持ち物。両親の形見である。見かけは、直径数cm、長さ1メートルほどのただの真っ黒な棒切れであるが……。
「……、これまさか、特殊竿じゃないのかい?」
その竿を受け取って、重さを確かめたり、素振りしてみたり、曲がり具合を確かめたり、握ったときの滑り具合を確かめる店員。その顔色は驚きと喜びに満ちていた。
「それも、僕ですら全く何か分からないんだけれど、これ……。」
竿の中が空洞になっている中空構造ではなく、ぎっしり素材の繊維が詰まった無垢構造。それに、一切のギミックは内臓されておらず、外側に何か取り付けた形跡もない。おかしい。磨り減った後もなければ、傷一つないのだ。
「え、店員さんですら何でできてる分からないなんて……。普通のものじゃないことはなんとなく気づいてたけど……。」
戸惑うリール。日本隋一の品揃えを持つ釣具店の店長が全く正体の分からない釣竿。こんなことになるとは全くの予想外だった。
「あ、そうそう。この竿な、強く握ると伸びるんよ。それも、自分が望んだ長さになるんやで。ほらほら、便利やろ~。」
店員が握っていた黒い棒を返してもらい、少年は力を込めて棒を握る。
「うわあああああ、の、伸びたああああ!」
「え、えええええっ!」
二人とも腰を抜かした。こんなとんでもないもの、見たことない。昔の釣具の資料を見てもこのような特性を持った竿は存在しないのだから。
「どや、すごいやろ! そや、なんかてきとーに糸くれへん?」
少年が糸の先を黒い棒の断面部分に触れさせると、なんと、糸がずるずる入って、吸い込まれていく。
「そ、そんなそんなバカなああああああああああ!!!」
「……それ竿なんだよね、……本当に?」
頭を抱えて叫ぶ店員と、その棒が本当に竿なのかとうとう疑い出したリール。
「え? これって普通のことじゃないん?」
二人が何故驚くか全く分かっていなかった少年。その一言を聞いた店員とリールは、今の時代での釣竿というものについて、一から十まで説明するのだった。店に来たときは真昼間だったのに、説明が終わる頃にはすっかり夜になっているのだった。
「頼む、それ、僕に譲ってくれないか!」
説明が終わるが否や、店員はその暑苦しい体で真剣な顔をして少年に迫る。
「いや、俺も変な思い違いしてて悪かったけどさあ、この竿は譲れないって。形見だって言ったやんけえ!」
一般的な釣竿について説明しているうちに、なおさら少年の竿の異常さが浮き彫りになり、店員は自信の欲を抑えられなかったのだ。しかし、形見と言われるとこれ以上は食い下がれない。
「……ああ、すまないね。諦めることにするよ。で、その竿なんだけどね、たぶん何だかのモンスターフィッシュの素材でできてるんじゃないかなあ?」
「そんな変わった特性持っている竿なんて今まで聞いたことすらないよ。釣竿以外の他の物にもその素材はおそらく使われていない。だからさ、ただのモンスターフィッシュじゃなくて、未だ報告されていない、未確認のモンスターフィッシュの素材を使ってるだろうね。」
「それも、複数のね。そんなの使ってたら、他の釣竿なんか満足できるわけがないもんね。」
少年はさっき、店の裏側にある湖でその釣竿を実際に使ってみせたが、竿のしなりが異常だったのだ。少年が望むようにしなり方を変えることができることを見せつけられていた。
少年の釣竿の最も奇妙な特性。それは、まるで使用者の意思を読み取って釣竿自身に反映している点である。調べたら他にも特性は出てくるだろうが、これはあまりに規格外過ぎる。まるで生きているようでもあるのだから。




