第二百二十六話 メッセージ・スピリット・インサイド ~貴種教育、人類遺産継ぎ司る者たち~
視界が閉じるでもなく、不意に場面が飛んだ。
視界の向きが変わっていた。寝そべっているように見える。
だから、声の主の名前は分からず終いだ。あの引きで、そこが切られてしまっていたのはどうしてなのだろう。あまりに半端な気がする。
何なのだろう……。あの関係は、何と言うのだろう……。
関係は安定しているように見える。しかし、二人は精神的には不安定に思える。だからこそちぐはぐさを感じることになっているのだろう。
見えないことが余計に想像を掻き立てる。母上もそのことを、このときは分からないが、後になっては気付いていただろうと思う。
だから、思う。どうして、ここに尺を裂いたのか。重きを置いたのか。
分からない。しかし、もう少し――考えてみようと、思う。
瞼はゆっくり落ちて、暗転する。
『君のお蔭で知りたかったことへ至れた。やはり、異なる視点というのは重要だ。このような場所であるからこそ、それは尚更に貴重で、だからこそ、唯礼を口にするだけではいただけない。だからこそ、行動で示すとしよう。さて、先日の約束を果たそうか。何が聞きたい?』
そこから先は、母上から外の声の主へのお願いの話だった。母上があの涙の遣り取りの後、明かされたであろう名前も、その後で行われた、母上のあの光景と話に対する考察も、省かれたということらしい。
興味はあった。しかし、私に対する話として編集したのだというのなら、そこは確かに本筋ではない。妥当だろう。
『お外のこと、聞かせて!』
視界が跳ねる。きっと、元気な声でそう言ったのだと思う。……。口調も気分もころころと変わる。それがやはり、少し慣れない。まるで別人のように見えなくもないし、もしそうであったとしても、私にそれを確認する術はない。
結局のところ、疑えば全て無為になる。信じる他、ないのだと思う。そうやって言い聞かせていないと、余計なところまで考えが及んでしまいそうだったから。
『いつもの如く、か。では、いつもの如く、お任せ、ということでいいのかな?』
こく、こく。視界が縦に二度揺れた。どうやら、願いと言う名のご褒美云々も、お決まりの遣り取りであるようだ。
『今日は少しばかり、特別な話題だ。いつもの如く、外の話ではあるが、一握りの特別な者たちだけが関与するものだ。そして、君には、その資格がある。名を冠して、外に出る、君ならば』
『ここまでの説明で分かったとは思う。貴の晶たる数多の一族。それらは、氷河全融解前の人類の英知を維持・継承・秘匿してゆくが為の存在だ。私が知るのは、そのうちの5つ。総数も分からぬほど数多のうちの、たった5つだ。しかし、たったの5つでも、知っておけば君の役には立つかと思う』
『籠。私と君の所属する一族だ。司るものは、外に出れば、何れ分かるだろう。外と内の比較が、特異性を露わにする』
『モラー。決して避けられない理たる海を、唯一自由に渡る術持つ一族だ。彼らに渡りをつけられれば、君の旅からは苦難の要素は悉く消えることとなるだろう』
『島野。君の行うことになる旅の経路。その序盤。その近くで最大の一族。モンスターフィッシュすら含む魚類広範の釣り上げに優れている。彼らであれば、私たちの一族のことを知っている可能性はある。一度尋ねてみるもいいだろう。彼らの一族は、その住処を明示しているのだから』
『アプフェル。関わってはいけない。私たちの一族と相反する技術の守り手。彼らが近づけば、きっと君は否応なく感知し、予感することとなるだろう。終わり、を』
『……。以上、だ』
『何? あと、一つ足りない、か。……。あぁ、その通りだ。しかし……、これは聞かせるべきか、この直前に来て、私は迷うのだ。これを知っているということだけで、君の旅の危険度は数段上がる。これは、知りたい者にとっては、喉から手が出る程に欲しい情報だろうが、少なくとも、今の君を見ている限りは、この情報は、君の今にも未来にもまるで益は無い。……。しかし、私が決めることではあるまい。ここまで言っておいて何だが、ここに来て言い澱んだのは私の情けない躊躇でしかない。さて。君は、残りの一つを知りたいかい?』
『……。承知した』
『リヒィト。それは、貴の頂の名。こちらから関わることなど決してできはしない存在。しかし、貴なる頂たるその名を知らないことは、自身の源を知らないことと同じ。尤も今となっては、貴の末席に座る者であろうとも知らない場合も多いと聞く。そんな、半ば神格化された存在。それが、彼ら、リヒィトだ』
『ほぅ、リヒィトというのは厳密には一族ではなく、単独、個人の名、かと思った、か。成程、それは面白い意見だ。私もそれを疑ったことはある。しかし、違った。リヒィトの名を持つ者は、同時期に複数存在する。少なくとも、私が確認した限りでは』
『彼らは、貴なる者としても、人としても、私たちとは隔絶している。彼らは、他の貴なる一族がそれぞれ司る技術を、個人で複数司る。そして、相手が人であれば、必ず上に上位に立つ、人に対する異様な優位性を持つ』
『……。あぁ、見たさ。私は彼らに幸にも不幸にも相見える機会があった。そのときのリヒィトは、二人いた。彼らはその容貌を灰色の布で覆い隠していた。しかし、背丈からして、大人一人と子供一人。そんな風だった。彼らが一度口を開くと、そこで私の心は結論を出してしまった。あれらには逆らえない。逆らう気さえ起こらない。あれらは私たちと同じに見えて、何か根本的に違うのだ』
『……済まない。とても、形容できるものではないのだ。これが限度だ。呑まれた私の……。もし君も、機会があれば、知ることとなるだろう。試されることとなるだろう。自身の器を』
『理由、か? 単純なことだ。それ故に躊躇したというのもある。……そう。それ故に、難しかった。こうやって話したのは、君が未来、彼らと相見える。微かにだがそんな予感がするからだ。そして、その時、君が私のように、呑まれて目を曇らせないようにして欲しいからだ。……。しかし、何れにせよ、結論は同じような気がする。思い知ることになるだけだと。だから私は、君がそれを思い知ることにならないことを私としては祈りたいところだが。それどころか、私の予感が杞憂であることを願うばかりだ』
『その通りだ。話そうと思えば、私が感じた雰囲気の触りくらいは伝えられただろう。しかし、君の言う通り敢えてそうしなかった。情報というのは、知識というのは、時にして、害にしかならない時がある』
『……。どうして君はそんな風に好奇心が強いのか……。お願いされても駄目だよ。先払いも今回に限り、駄目だ。……。参ったな。確かに、ここで知るな、は毒か。一本取られたよ。ある意味喜ばしいことではあるけれども』
『では、私が彼らと相見える前から知っていた彼らについての情報。それを話そう。どうかそれで容赦して欲しい』
『……。これ以上駄々をこねるようならば、私はこれ以上もう、この件について何も話さない。周りの彼らも、そろそろ、私を殺してでも止めそうだ。……。泣くか。そこで、……泣くのか……。嘗て、我々の初代、他の家の初代。そして、司る力の分配から、世界の分割、制空の喪失、宇宙の亡失、海の隔絶、知恵の果実の蓄積の制限。それらを全ての実行権を持つ、逆らえない、逆らう気さえおきない、我々より隔絶し、我々よりはるか先を見通す者たち。リヒィト、導という意味を持つ、我らを創り、区切りし、我々全ての、始祖』




