第二百二十三話 メッセージ・スピリット・インサイド ~答え知らぬ者~
【未だ、先が気になる、か?】
【しかし、ここから先は、私は真実を見た訳ではない。その場に居合わせた訳でもない私ができることは、せいぜい、集めた事実の断片を辻褄を合わせて並べる程度だ。未だ分からぬことも多い】
【ほぅ。考えを聞かせる、と? 一人より二人だと? ふふ。なら、聞いて貰うとしよう。当然、君の願いの権利とは別だ。そこは心配する必要はない】
【V字の細く長い、海から突き出た岩場に癒着したその都市には、様々なものが流れ着いてきた。物々だけではなく、そこには人も含まれていた。大概は死んでいたが、極一部は生き残り、他の都市や街や集落から流れ着いた彼らは、少なくとも、この都市の人々よりは、自ら一人でも生きてゆける術をより多く、豊富に身に付けていた】
【そういった者たちを吸収し、街は、続いてゆくが為の運営の母体を形作っていった。手を取り合わねばやってはいけはしない。そう誰もが分かっているからこそ、上手くいったのだろう】
【それでも楽はできなかったに違いない。あの街に流れついた物々。それらを、あの街は悉く利用することができなかったからだ。文明の利器。今の時代となっては再現不能な、高度な技術の塊ではあるが、当時であれば、それは、ありふれた、当然のように使用できる物々だった】
【例えば。衣服を数分足らずで洗濯する術。食物を冷気によって腐らせず存在させ続ける術。他にも色々あるがこれ位にしておこう。ともかく、昔の人々は、それらを技能でなく、道具一つで、可能にしていた。自身の労力など、ほぼない。それが当然の時代だった】
【その通り。確かに、今でもそれらに近い特性を持った道具は存在している。しかし、考えても見て欲しい。それは、ありふれてなどいない。誰もが手に入れられることができるようなものでは決してないのだ。そして、それらの使い方は、素材の持つ力の極めて贅沢な使い方に過ぎないことが殆どだ」
【そんな使い方をするよりも、もっと有効的な使い方は幾らでもある。売り払って金や物品に変える。モンスターフィッシュに抗う為の武器とする。などなど、だ】
【納得できないか。しかし、それももっともだ。そして君がそういう風で今あることは褒めるべきことでもある。外に出るが為の準備は着々と整ってきているのだ、と】
【君がそんな風に感じるのは、昔と今の事情からくる物事の優先順位の違いに依るところが大きいだろう】
【生きて居られるのが至極当然なのか、生きて居られるということ自体が努力と運によって掴み取らなければならないことなのか。そんな前提の違いだ。それだけ理解しておけば、十分だ】
この人物はやはり、氷河全部融解からの大津波による文明崩壊以前を確かに知っていて、記録にも残っていないそれを憶えていて、他がそれを憶えていないこと、大津波は総括的な結末でしかなくて、実際のところ、他にも起こった数多の出来事があり、その一部を知っている、別の一部を偽られたと気付いていつつある。
語りたいだけなのか。何か伝えたいのか。
その場にいる訳でもない私には、結局のところ、読みきれはしないのだろう。それに、焦点が違う。私が焦点を当てるべきは、この視界。母上なのだから。
そもそもの目的を見失っては何の意味もないのだから。
『後は、私が推測を立てる基となった記録を見せ、私からの話は終わりにするとしよう』
こくり、と視界が動いた。それに声も聞こえたということは、ここからは元の通りということだろう。重要度は落ちると見ていい。とはいえ、手は抜くつもりはないが。
いつの間にか透明でなくなって、白に戻った床。そして、前方壁面に浮かんだ、黒い文字での記述。
【最早曖昧になりつつある。しかし、忘れてはならないことだ。だから、記録に残す。少しでも留められることを願って】
【ある晴れた夏の午後。それは現れた。我々はそれの登場と共に恐らく始まったであろう振動によって、皆、地面に倒れ込み、そして、意識はあるのに起き上がることすらできなかった。叫びすら声に出せなかった。人知を超えた何か。そんなものに、そう在ることを強いられたかのようだった】
『……。そうか。同じ話を繰り返されても困る、か。 しかし、違うのだ。意味が、あるのだ。紡糸。だからどうか分かって欲しい。きっと、私では駄目なのだ。この問いは、ここにおいては、君にしか解き明かせないのかも知れないのだから』
『そうか、分かってくれるか……。……。そう気負わずともいい。答えが出ずとも責めはしない。しかし、それでも、期待せずにはいられない』
『いいや、辛くはない。悲しくもない。私にだって、言葉にできないもの位、あるのだよ。人は誰しも万能などでは決してないのだ。何処か必ず欠けている。憶えておくと、……どうか、憶えておいて欲しい』
『……。聞くに値しないと思ったなら、聞き飛ばしてくれて構わない。君がそう感じたということが分かっただけでも意味になる。何より、最後の時点で、君の中にあるものを教えてくれるだけで、それだけで構わない。それさえあれば、きっと、結論は下せるだろう。……、では、再開するとしよう』




