第二十七話 少年が棒と糸と針だけで釣りをする理由
釣り人協会を訪れた次の日。少年はその日もリールと共に町を歩いていた。今度はリールには目の隈はない。昨日くるくる回って満足した後、疲れてその場で眠ってしまったからだ。
眠りこけたリールを少年が本拠地まで背負って運んでいき、ベットに寝かしつけたのだった。行きしなに持っていた鉢は二つとも協会に預けた。どちらも生態があまり分かっていなかったので、研究用に提供することにしたのだった。だから、あっさりとリールを背負って運ぶことができたのだった。
「昨日はありがとね。いくら寝不足だからって、あんなところで寝ちゃうなんて。」
ちょっとしおらしいリール。
「いやいや、ええんやで。リールお姉ちゃん明らかに体調悪そうやったやんか。で、もう大丈夫なんかあ?」
少年、相変わらずのセメント対応。リールが望む返しは得られない。
「ポンちゃん、えらいえらい!」
「えへへ。」
リールはとりあえず少年の頭を撫でてリラックスする。少年もすっかり、リールに撫でられるのがくせになっている。
で、しらばくして着いた場所。それは、釣具屋。
「ポンちゃんってさ、釣りするときの道具さ、その黒い棒以外何も持ってないよね。」
リールは笑顔で、でも不思議そうにしている。
「え、これだけで十分やろ? 何言ってるんや?」
リールの意図が全く分からない少年。自身が特殊な釣り人であることに全く気づいていない。
「あれ? ……釣りってさ、釣り道具使ってやるものなのよ。棒と糸と針だけでやるものじゃないのよ!」
おかしいのは自分なのかと、混乱しつつも少年に丁寧に説明するリール。目は笑っているが、冷たい汗が流れる。この少年は自分の思っていた以上にぶっとんでいると。
「いや、だってさあ、爺ちゃん婆ちゃんがさ、からくりのついた道具なぞ不要。釣り人だったら、棒、針、糸。これだけで釣るもんだ、って。」
「それも考え方の一つだけどさ。」
がっくりと肩を落とし、元気をなくしたリール。
ここで今日、少年にちゃんとした釣竿を選んであげようと思っていたのだった。しかし、少年は、釣具屋の前までほいほい付いてきたというのに全くその気がない。リールがこうなるのは当然のことだった。
「わあ、ごめん、ごめん。リールお姉ちゃん。これはあくまで爺ちゃん婆ちゃんの考え方であって、俺はからくりついた道具使ってみたいなあ、って前から実は思ってたんよ! じゃないとこんなところまで来ないって!」
無理にこれまで自身が言っていたことを捻じ曲げて作り笑顔でリールの顔を覗きこむながら少年は必死に弁解する。
「ほんとぉ……? そうね、そうよね! じゃあ、ポンちゃん用の釣竿ここで作っちゃいましょうね! 仕掛けつきのやつをね!」
よかった、元気になって、と安心する少年。二人は店へと入っていった。
「いらっしゃい! リールちゃんに、それと……隣の子は新顔だね。」
店員が声をかける。日焼けして、筋肉隆々とした、190cm程度の圧迫感のある巨体。袖なしの白いUネックの肌着に、色落ちした薄紺色の膝下丈のジーンズ。非常に濃い顔をしている。黒の短髪で、頭にはハチマキが。外見とは違って、口調は落ち着いている。
「すっげえええ、店員さんムッキムキやんけえ! ちょっとさわってええか?」
「はっはっは! 好きなだけさわっちゃうといいよ!」
少年は、足から腕から胸板まで、触ってチェックする。合格らしい。リールの方を向いてガッツポーズを決める少年。
「……ポンく~ん。」
笑っているが、これは笑顔ではない。
「ははは、ごめんって。分かってるから、な。店員さん、釣り道具なんかかっこいいの、あったら見せてえや。」
「店員さん、この子ね、これまで釣り道具使ったことないのよ。棒と糸と針だけで釣りしてたから。それも全部自作よ。」
「え? ってことは、初心者? ってことで考えたらいいかい?」
「それがそうでもないのよ。この子モンスターフィッシャーよ。ポンちゃん、組合でもらったあれ、店長さんに見せてみて。」
少年は首にかけていたペンダントを取り出す。ペンダントトップが跳ねて邪魔にならないうように、普段はタンクトップの内側に入れてあるのだ。
昨日もらった、モンスターフィッシャー証明世界級。それは、紙切れの形ではなく、ペンダントなのである。
紐は、モンスターフィッシュ、ネバリトウメイマクシロイトグモの糸から作った、上部で透明なもの。
ペンダントトップは、地球のモチーフの上に、釣竿と、それにかかっている魚のモチーフが乗っているものである。非常に多くのモンスターフィッシュの素材を使って作った、肌に触れても邪魔にならず、砕けないものである。
「えええええっ! この子何者なんだい? リールちゃん。こんな規格外の釣り人、一体何勧めりゃいいの? 君のところの船長以上にやばいじゃないか!!!」
「とりあえずおもしろいので頼むでえ!」
とっても嬉しそうな少年。それを見て、二人は頭を痛めるのだった。




