第二百十八話 メッセージ・スピリット・インサイド ~嘗ての異様な滅びの断片~
ゴォォオオオオオオオオオ――
『凝らせ、目を。動かせ、頭を。視界の果てを、意識するといい』
やっと、母上の視界が動いた。私に抗議する権利など与えられてはいない。母上から私への片方向でしかない。
……。ここで拗ねては、嘗てと、同じだ……。
そうやって、視界に映る光景に意識を向ける。
この過去の街の光景の冒頭。そこで見た光景。街を表面に纏った山を中心にした地形。今見ているのは大体それだ。しかし、今はさっきとは違って、その更に外側が見えたことから、より広く俯瞰できたことから、気付いた。
山々の配置。街の端から端までが見えていたさっきまでとは違い、街の終端から外側。広がる山。連なる山々。
視界の中心はあの街の頂。そこには特別な何かがある訳でもない。周囲と同じような家に、頂が削られて加工されているだけのものだ。
そこから周囲。下に下に。外に外に。同じように並ぶ家々。相変わらず、そのどれもが、崩れたりはしてはいない。しかし、これはどう考えても、おかしい。あっさり流したが、理に反している。
壊れる筈だ、……本来なら。くり貫かれた石に、積み重ねられた石に、敷き詰められた石に、人がずっとずっと立っていられないような揺れに耐えるだけの剛性も弾性もある筈がないのだから。
街中の誰しもが立っていられないようなその揺れ。全部とはいわない。実体があったといえるのは、ほんの一部の数えられる程度の不規則に一度、という形式の一際大きな数度の揺れだけだ。それらだけでも、壊滅的な筈だ。それだけの揺れだった。……。唯の脚色でなぞで、ある筈もない。つまり、地震の類ではない、ということだ。
こんなところが嘘であれば、これらには何の意味もない。そんなことはある筈もない。ある筈だ、意図が。母上の、私に対しての意図が。この光景の基である者の、母上に対しての意図が。
『っ……!』
びくり。そして、
『………………!』
視界が広がる。きっと、目を見開いて、言葉を失って、唖然と、しているのだろう。何故なら私も……大体同じだから……。違いというと――私は、異質というものに、あまりに慣れ過ぎてしまっていた……。
グゥアァァンンンンン、ヌチョォォォォッォオオオオオオオオ――、ベチョォォォォォオオオオオオ――、グゥゥゥンンンンンン――、ブゥアアアアア、ブゥアアアア、グカギュン、グガギュンンン――
音の、主が……、視界の端に、映って、いた……。
グゥアァァンンンンン、ヌチョォォォォッォオオオオオオオオ――、ベチョォォォォォオオオオオオ――、グゥゥゥンンンンンン――、ブゥアアアアア、ブゥアアアア、グカギュン、グガギュンンン――
理不尽そのものだ……。【センカンソシャクブナ】などの弩級のモンスターフィッシュさながらの……。いや、それ以上の……。何故なら――あんなのもの、どうやって抗えばいいのだ……。何一つ……思い……つかなかった……。
街の遥か外側から、四方八方から、それは最前線部は押し上がり乗っかかり進んでいき、そうやって通った、数秒以上接した場所を溶かし進む。それは輪のように切れず繋がっていて、径を縮めてゆく。
通った後の陸地を高さの区別なく海抜0メートルよりも低くして海に変えてゆきながら、決して波の類ではない音を立て続ける超弩級の大津波擬きの海色のそれは、本物よりも遥かに厄な脅威として、明らかに不自然な、恣意的な、自然の理を無視して進んできていた。
音も変えず、質量も変わらず、同じ速度で、街へ、包囲を縮めてゆくかのように進んできているのだから。ありとあらゆるものを溶かし続けているにも関わらず。まるで人が歩くような速度でゆっくりと、しかし確実に。
それの高さは周囲のどの山よりも高い。見上げると、その高さは果て無いように見える。この時代であれば、人は空を征く手段を持っていたと聞くが、これだと、意味を為しはしない……。
その波擬きは、そんなであるというのに、影というものがなかった。それどころか、透けるように向こう側が見える、空は明るいのに、影は差していないのに、見渡すと、本来であれば周囲に見える山々の代わりに見えるのは、それの性質を示す、通った後を消し去った結果の海。その街より外側は全て、見渡す限り、果て無き海に、成り果てていた……。
だからそれは、海色の波擬きという、迫ってくる、絶望の、壁、だ……。
グゥアァァンンンンン、ヌチョォォォォッォオオオオオオオオ――、ベチョォォォォォオオオオオオ――、グゥゥゥンンンンンン――、ブゥアアアアア、ブゥアアアア、グカギュン、グガギュンンン――
うねり、蠢く、抗う術のない理不尽、だ……。
そしてとうとう、
グチュチュゥンンンン――
それが街の外縁部に、触れ、た……。




