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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー

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第二百十五話 メッセージ・スピリット・インサイド ~比較教育、今昔差異~

『そこは、』


 山肌の緑色が下から上に禿げ上がるように消え、山の頂から波紋でも広がっていくかのように、岩肌が削れ砕けてゆく。頂から、下り斜面な山肌が、同心円に近い楕円状に、砕け、砂埃が舞い、やがて、風と共にそれらが取り払われる。現れたのは、楕円の円錐の積み重なりでできたかのような、階段状の段丘だった。


『海から遠く高く離れた山脈の、』


 そして、更にそれらは削られて、一部は段差と段差の間を繋ぐような坂になった。一部は石畳の道路になった。大部分は傾斜の緩い屋根を持った、岩肌をくり貫かれて作られたかのような四角い家々へと整形された。


『山肌に張りついたかのような、街だった』


 空の土煙はすっかり晴れ、夏の昼の日差しが差し始めると、そこに住む人々らしきものが、現…―、いや、()()された。






『?』


 視界が傾く。そして、視界は右に左に傾きながらも、町中を目を凝らして見渡している。


 このときの母上は、この光景の価値や意味を理解していない、と見える。しかし、こうやって見ている私は違った。母上との受け取り方の違いのお蔭で、没入からはすっかり抜け出せた。


 私をそう、冷静にさせた光景。動揺が一周回って、かえって冷静にさせた光景。私は()()()()()()()()()()()。このような類の景色が過去現実に存在したことを知っている。


『この光景の言見も勝ちも、未だ解するには早かった、ということか。しかし、無駄にはなるまい。これはこれで、偏向なくこの失われた過去の光景を、ありのままに受け入れることができるであろう。籠・紡糸よ』


 母上はそれに対して返事を返さないどころか、ぴくりとも反応しなかった。白い壁に映し出された、その眼前の光景をじっくりと眺めていたのだ。


 今では極稀に遺物として出回る車。それが網目状に張り巡らされた街の通路を一台二台どころではなく、数百、いや、数千、いや、数万の単位で、どこかしこでも走っているのが見える。


 そのようなものは、所詮、昔はあり触れていたというだけのことであり、現物も現代に存在するのだからそう驚くことではない。ふざけたようなおかしく豊かな光景ではあるが、別に許容の範囲だ。


 車に乗っている者たちと街を歩く者たちで服装にそう大きな差異はない。しかし、誰もが着ている衣服は、男性の場合は、シャツにスラックス、それが長短、色彩、色々であるが、一様に彼らのそれは、まるで作りたてかと見紛うかのように、汚れなく綺麗なのだ。


 女性の場合は、男性よりも服装の幅がかなり広い。シンプルにTシャツにGパン、だとか、柔らかで光沢と白さのあるワンピースだとかといったものから、まるで海に入る前のような、上下分かれた露出度の高い水着のような恰好をベースに腰布を巻き、半袖シャツをボタンを全部開けて臍上辺りで結ぶようにしていたり、透明度の低い、顔の半分位が隠れるような大きな黒い半透明のレンズの眼鏡をつけていたりだとか。っ、なるほど、このような眼鏡は男性がつけている場合も、どうやら結構あるようだ。


 それ以上に驚くべきことは、子供も大人も老人も、男も女も関係なく、偏ることなくまばらな比率で存在しているのだ。生きるということに、年齢性別での致命的な不利がないのだ。


 誰も彼も、妙に肌が綺麗だ。荒れていない。日には焼けている。しかし、灼けついているかのような焼け方ではない。どうしてか、均一に小麦色にその肌は焼けていた。


 老人であろうと、シミや肌の傷の跡などは、ほぼ誰からも見受けられなかった。更に、中には、肌は真っ白で、皺すらも禄にない、という者すら稀にだが見受けられた程だ。


 死にそうなほどに飢えそうな者は誰もおらず、誰しもが顔色が良く、元気で、溌剌としていて、信じられないことに、手ぶらで、ただ、街を一日どころか、数日散策しているような物たちが、1割から2割程度も見られた。


 夜になっても、街は明るく、通りに出て人々は、酒に酔っていて、何やら楽しそうに談笑していたり、信じられないほどの量の肉や魚で溢れたテーブルを囲って、食べきれもしないそれらを貪って、大量の食べ残しを出した。


 何やら、見物人を集めて、見世物をやって、銭を投げ込んでもらっている者や、数人で卓を囲んで、何やら、大きな紙に書かれた地図と、駒のようなものと、それらを動かして一喜一憂したり、熱狂したり、隣にいる者に耳打ちしたり――そう、それらはまさに、あり得ざる贅だった。





 恐らく、半分程度が終わった、と思う。多少に数え間違いはあるかも知れないが、朝から夜のサイクルが二桁を超えて繰り返されたのを認識している。


 母上は未だ飽きず、光景を見て楽しんでいる。今は夜の景色。少し特別な日のようで。人々が老若男女問わず、汗と笑顔を振りまきながら踊り明かしそうな雰囲気の、祭りの類。


 服装は色々だった。普段通りの服装の者から、特別な装いをしている者まで。その中で、特別な装い、しかも、一際目立っている妙齢の女性を、視界は捉えて中心に据えていた。


 顔は一瞬ちらりと見えただけだから、妙齢、といった感じであったことくらいしか分からない。一瞬のことだ。それに、これは母上の視界。動体視力は私のもの準拠ではない。


 実のところ、私はその女性の顔がどんなであったかを見落としたが、母上が、妙齢と判断したということが伝わってきて、そのお蔭で、どうだと分かっているだけだ。


 体つきからそれが恐らく当たっているのだということは分かる、が。へこんではいるが、六個や四個になんては割れてはいない、しかし、弛みがなく、角ばってもおらず、張りと光沢がある、腹部。細くも引き締まっていて、そして長い脚と、それを支える、体の細さの割りにがっちりとした骨盤と臀部。そんな女性が纏っている、布地の少ない衣装。


 具体的には、鮮やかな青色の帯状の薄い布。それを体に巻きつけただけという装い。解けたり透けたりしないようにしっかり巻いて括ってはあるが。その小麦色と赤褐色の中間という感じの色合いの肌と、鮮やかな青の布という装い。そして、足のステップと腰の振りに重点を置いた煽情的に見える踊りを見よう見真似しているのだと思う。


 その女性の踊りの揺れを、視界の揺れが僅かに遅れてなぞっていたから。きっと、祭りが終わるそのときまで、このままずっと、映された世界の人々も、この母上も、踊り明かすのだと、思う。







 踊りが終わった。人々は撤収していく。そして、夜も明けてゆく。


 母上が壁から離れてゆく。


 ポタッ、ポタッ。


 汗が、垂れ落ちる音だろうか。こうして見ている世界は現実の時間の速度と同じではない。ずっとずっと早いのだから。そう考えると、母上、よく遅れながらもついて踊っていけたものだと感心する。


 ポタッ、ポタッ。


 壁に映った光景を見つめたまま、後ろに下がる。


 そして、投影されている、その全てが視界に入った。


 映し出された光景は朝になっていた。祭りの後だ。なら、休んだ分、贅を尽くした分、流石に誰もが、あんな世界であろうとも、働くだろう。生きる糧を得る為に。


 が――、そうならなかった。祭りの終えた次の朝も、まるで変わらぬ、緩やかな光景が始まったのだから。そう。大人たちですら殆どが働かず、談笑し歩きつつ景色を味わったり、子供たちは走り回り、老人たちはほほえましそうにそれを見ているのだから。


 ……。

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