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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百十四話 メッセージ・スピリット・インサイド ~反芻教育、一月の全貌俯瞰~

『今の時代が訪れる前、人々は今となっては想像できないような、高度で、便利で、快適で、安全な生活を送っていた。この間見せた、外の景色を思い出すといい』


 瞼が、落ちる。目を瞑ったらしい。


 そうして、浮かび上がる。


 何処かの港町の風景。よく晴れた夏空の下の、人々が程良く行き交う、それなりの規模の港町。それが早送りに流れてゆく。一日を朝から夜まで。凡そ一か月分。定点観測のように、視界に映る景色は変わらず一か所。それでも、十分に、そこがどのような場所か知る情報は得られた、と思う。


 それは、広い角度を持つ、俯瞰だった。その町は、崖のような険しい岩肌二枚と、海によって、三角形に囲まれた町だった。


 不思議な感覚だった。そんな広い広い範囲。町の形が三角形であることが分かる程の高度から見下ろしているというのに、遥か下の、町の建物一つ一つどころか、人の一人一人、顔どころか、している表情が、目の色が、分かるほどにくっきりはっきり、見えるのだ。


 それが、町中殆ど全て。とても近くで見ているようで、視界には、殆ど全てが映っている。目の向きを、見る角度を変えることなく、高さも深さも無視するように、全てが、把握できた。


 白と灰色の、レンガ、いや、岩。二辺の岩肌をくり貫いたか、削り抉ったかで確保された町の敷地。陸地。それらを適度な大きさにある程度均一に砕き、敷き詰めて道の形に敷き詰めたのだろう。もしくは、長方形正方形の家の形を積み上げたのだろう。そんな、町だ。


 そして、知らない、町だ。


 その港町は、恵まれている類であることが見て取れた。


 まず、様々な人種が入り混じっている。白い髪、赤い髪、茶色の髪、金色の髪、黒い髪。白い肌。浅黒い肌。茶黄色の肌。小麦色の肌。赤混じりな褐色の肌。真っ白な肌。真黒な肌。真っ青な肌。赤い目。青い目。茶色い目。緑の目。紫の目。ピンクの目。琥珀色の目。


 大人たちがたくさんいて、それなりの密度の道を行き交う子供も沢山いる。凡そそれらの総数は千に届くか否か、という位だった。小さな島程度の大きさしかないそんな陸地の上にそれだけの人々が集まって暮らしている。暮らしてゆけているのだ。交易船などの出入りは全く見られないというのに。


 それに加え、人々は、上下、襤褸布でない程度の、すり切れやほつれは多少ありつつも、汚れは取り払われ、大切に着られているらしい夏の洋装をしているのだから。


 どうやらその町の住民の衣服は、様々な色の半袖や袖まくりしたボーターTシャツに、太腿から臀部辺りまでがふっくらとした麻のふっくらとした、長かったり短かったりの生成りデニムという恰好であるようだ。老若男女問わず同じ恰好。髪型は短かったり長かったり、時になかったり。ちじれていたり、真っ直ぐだったりと、髪質は色々であるようだが、誰もが、前髪を残して他を後ろに纏めて束ねているようだ。


 女性はリボンのように生成り色の麻布を括り付けていたり、ボーダー色の布の切れ端で、少しワイルドな感じに括っていたり。男性は自身の髪の毛で輪を作ってその中に長い部分を通すようにして下げていたり、バンダナを被ったり、ハチマキをしたり、その上で麻紐で簡素に髪を括ったり、マリンキャップを被ったり、という感じだった。


 足元は皆同じ。裸足にデッキシューズだった。同じような服装。しかし。個々の纏うそれらには、個性による好みによる差異があった。


 この光景は、そんな町が、海と面しており、そして、せり出している場所だった。海に最もせり出した場所を基点として、砂が集まってきていて、長方形にせり出した幅数メートル、長さ50メートルほど、海抜5メートルほどのその場所の周りは白い砂浜のようになっていた。


 こんな場所を人が行き交うということ。それが、この町の人々の暮らしの源が何であるかを示していた。そう、海、だ。


 そして、彼らは、そんな場所を行き交うことと、同じような服装をしていること。それらに加え、もう一つ、特徴があった。


 行き交う人々の半数程度が肩に背負っている、縫い目も編み目もない、袋。たぷん、とした、袋。白から青への一方向へのグラデーションに、ところどころ銀色の粒を含む、日の光によって、てかり輝くように見える、奇妙な袋だ。


 子供一人二人くらい、軽く収まってしまいそうな大きさの袋。彼らはそれの口を片手で握り持つようにして、背負うようにそれを持っている。


 一部の者の持つそれは時折、ぴくり、と動く。海側から引き返してくる者が持つ袋だけに、それは見られた。


 そう。人々は、それらの袋を使って、魚を取りに、突き出た場所周りに砂が集まって浅瀬になっているところへと向かっていたのだ。大概空振って、一部運が良ければその袋を溢れ弾けさせんばかりに膨らませて、誰も彼もが往来を繰り返していたのだ。


 数日分見たところで、初日に気付き立てた予想が当たってしまっていると気付いた。その袋はモンスターフィッシュ素材らしい。もう絶滅したものであり、どうやら、母上はそれの名前を教えられてはいないらしい。しかし、そんな道具の特性は見て居て分かった。


 条件を満たすことで、猛烈な勢いで海水を吸い込み、そして、ある時間分保持し、海水を放出する。海水を含んでいる間は決して破れることがないほど丈夫。大概のモンスターフィッシュがその中に吸い込まれても海水保持状態のそれを突き破ることはできないようだ。


 というのも。時折、持って帰る途中の袋が海水を保持できる限界時間を超えてしまい、偶々その中に入っていたモンスターフィッシュが飛び出し、周囲を無差別に巻き込み、人々は血飛沫をあげたり、巻き込まれて傷を負ってしまった人がモンスターフィッシュが偶々入っていた袋を放してしまって、被害が連鎖したりしていたからだ。


 そして、今見ている光景のそれは、よりにもよって、モンスターフィッシュ【コロニーピラニア】だった。そう。海の上であろうが、猛威を振るう、数の暴力を振るう、モンスターフィッシュの中でも一際たちの悪いあれである。


 声はカットされていることに非常に安堵した。どこかしこでも血飛沫が上がり、人々は倒れ、喰らいつかれ、動かなくなり、血と汚物と死体で町は満たされてゆき――滅んだ。


 そう。それは、とある港町の、滅びの一月の話だったのだ。


 忘れがちなことだ。モンスターフィッシュというのは、ほぼ全ての人々にとって、決して抗うことができる存在ではない。


 きっと、母上はそれを伝えるが為にこれを見せてきたのだと思う。しかし、他にも狙いはあると思う。このようなことは、ありふれている。外に出たのだから知っている。なら、母上も同様だ。知っている筈だ。だから、狙いはきっと、この先にあるのだろう。


 すると、そんな世界の外から聞こえてきた声。


『反芻は完全なようだ。目を背けることもなく、忘却による欠けもなく、君はしっかりと憶えているようだ。ならば、新しい世界を、知って貰うとしよう』


 それに合わせるように、視界に映った鮮明な幻影はもわっと闇色に染まり消え、そして、白い光が、瞼が開くと共に入ってきた。目の前には、白い壁。しかし、その上に――何処かの景色が映っていた。


 高く険しい山の上。冠状の頂上を持つ山の内側に、緑の淵に覆われたような台地。その上に、石造りの都市が聳えている。白い雲がその上辺には掛かっているように見える。とても高い。空に近い、いや、空の上にある場所だ。 


『ここは、君が反芻した場所と同じところだ。しかし、()()()()()()()()()()()の、な』

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