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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百九話 スピリット・メッセージ・インサイド ~檻の外から来た者~

 服装も王のそれではなく、民のそれと同じだ。つまり、時間軸はかなり前、となるのだろうか? 少なくとも、先ほどののものよりは前のような気がする。


『試すの。今日、此処で、決断を下すの』


 聞けると思っていた母上の声は、先ほどの白い空間で聞いたのと同じ……。無機質で、低く平坦な声。ゆっくりとはっきりとずっしりと発せられるそれは耳奥に暫く残る。何処から聞こえてきたか、という方向性は無く、声を発した者の姿は想像だにできない……。


 沈黙が、続いた。睨みあいでもしているかのような、空気の重さを感じる。少なくとも、相手方である父上は、真顔で、こちらを見据えて、瞬きすらしない。しかし。その瞳は揺らいでいる。時間が止まっている訳ではないと分かる。


 暗転。そして、すぐさま帳は取り去られた。


 ポトリ。


 汗。どうやら、暗転から復帰までの間に、それなりの時間の経過があったらしい。流したのは視線の主ではない。対峙する相手、父上だ。


 髪がぐっしゃり湿っていた。酷い汗だ。


 ポトリ、ポトリ。


 続けて、落ちた。そして、


「何なのだ……! 何だと……いうのだ……! まるで、分からない。君という人間が、まるで、私には、分からないっ……!」


 真顔でなんていられなくなった父上は、そう、狼狽えを視線の主に向けた。


「ここは狭いわ。外から来たものは誰でもそう思うでしょう。そして私もそうだった。それだけのこと」


 コトッ。


 視界が動いた。後ろに一歩、下がった。そう。母上が。


 私にもこれはまるで何をしているかは理解できない。とっかかりすらない。まるで意味が分からない。この時点であっても、私よりも母上をどうやら知っていそうな父上ですら、同様らしい。


 何れ、分かるだろう。


 最初の映像で提示されたではないか。これは、後に遺されるものである、と。なら、意味が通じなければ無意味だということくらい、作り手である母上が気付かない筈がない。少なくとも、これまでを見ていて、それは間違い無いと信じられる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 酷くちぐはぐな遣り取り。母上は何か考えがあって。父上はそれが知りたくて。恐らくその方向だろう、とは思う。


 けれど、まるで噛み合う気配がない。


 これは編集されていない、生の記憶、だと思う。……、何なのだろう、……。私の母上とは、このように、意思疎通に難い存在だったのだろうか? いやしかし、そうではない根拠は、先ほど黄金の稲穂の世界で、体感した。


 編集されているのか、このときなりの意図があったというだけのことなのか。


「ここは安全を担保された楽園であり、それと同時に、閉じた檻でもある。強固だ! 来たるべき時が来るまで決して開かれることはない ! 逃れられはしないのだ! ……。ここの住民なら……誰もが知っている……。ここで生まれ、ここで終わる。殆ど絶対的にそうなるのだ、と。外から何かが来るなんてことはない。外なんて、無いも同然なのだから。ここの住民にとって、外なんてものは、お伽噺の中の夢の国に等しい」


 時折声を張り上げ、ぜぇぜぇとそう言って、母上の方を見ている。沈黙して。


「……」


「……」


 そうして、どちらもただ、沈黙を続けるだけ。きっと、表情は対照的なのだろう。父上は、母上のまともな返答を求めていたようだが、次第に暖簾に腕押しと分からされてきてしまい、そろそろ諦めかけそうになっているのだろうと見てとれた。


 拳を振り上げはしないが、そうなりそうなのを理性で抑え込んでいる。軋む音がしそうな位に、両の手で拳を作りつつも、震え抑え、大腿側面に押さえつけるように、引き留めていた。


 ポタッ、ポタッ、ポタッ――


 汗は勢いを増し、流れる。目に入ったそれを拭い、父上は猛った。これまでとはまた段階が違うようで、唾を飛ばしながらの、怒涛、というような感じだった。それでも脇を締め、肘を曲げくっつけるようにして、両拳ごと引いて、手が出ないように、努めていた。


「外から来た、というのなら分かるだろう! 僕たちは、閉じ込められ、この地に縛られた、何一つ選ぶことを、赦されない者たちだ! 君はもうここに来て何年だっ! 数日ではない。まして一桁時間なんてこともない。誰もが外に意識を向けないことで、自らを守っているのだ、と。分かるだろうっ! それ位ぃぃっ! 先祖から押し付けられた責務に一切の疑念を持たず邁進しているのだと、そうすることで、何とか、生きているのだと……、まるでマグロのように、停滞することが僕たちの終…―」


『知らない』


 割り込められたその言葉は、これまでになく、はっきりと通ったような、気が、した。先ほどまで同様、無機質な声の、抑揚もない筈の声の筈なのに……、しかし、はっきりと、口の動きと、口調と、出た声の重みを、確かに、感じた。


 それは、意志ある、言葉、だったのだろう。だから分かったのだ。伝わってきたのだ。疑似的な共感、といったところだろう。何故なら、依然、まるで意味が分からないままなのだから。


「は……?」


 そう声に出した父上からは、怒りなどすっかり忘れたかのように消えてしまっていた。困惑が顔を出す。きっと、今のこの、両手を垂らして、間の抜けた感じにぽかんと口を開けて、脱力してしまっている感じではありつつも、明らかに困惑した様子の父上は、


 ごしっ。


「は……?」


 再びそれを反芻した。

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