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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第二百六話 ゴールデン・ハーヴェスト ~暖かな抱擁~

「……」


 沈黙は続いていた。しかし、それで向こうからの言葉が終わりになる筈もあるまいと文脈から明らかだった。ここからが核心、というところだろう、と。そんな、未だ言葉はこの沈黙の後に続きそうな気配。それは更に口にしたくないことを口にする為の覚悟の為の間なのか、口にいうことをやはりやめよう、とする為の間なのか。


 だが、座曳には不安はそうなかった。


(実のところ、似ている、ということでしょうか……? 妙に優柔不断。まるで私にそっくりではないですか……。あぁ……だからこそ、不安より、ここで途切れになんて絶対にしやしないだろうという信頼が何処かある訳ですか……。頂いたのは名前だけである筈がありませんよね。この身はまさに、頂き物そのものではないですか。それに、)


「だって、そうでしょう? 私が貴方にそう語る資格なんて何処にもないんだもの。貴方は私が母であるという納得を未だ持てていないのだもの。そうでしかないと感じてしまうことを否定できなくても、理が繋がっても、それでも、納得なんて、できない。それでも表面上はそんな風に振る舞ってしまうのね……。まるであの人と同じ。悲しい筈なのに、それでも嬉しい、そう、思ってしまう……」


 月並みな、しかし、当の本人の想いそのもの。黙られるより、何一つ言われないより、言葉をまるで交わせないよりも、ずっと、いい。


 これもある種のすれ違い。月並みなすれ違い。しかし、そんなありがちでありながらも、それは誰にとっても難題だ。既に一度、結・紫晶とそんな月並みの当事者になって、ここに来て今度はちゃんとぶつかってみて痛くてもそれでよかったと思えて、もうとっくに最初の最初からどうしようもなかった筈の王という名の父とも思いをぶつかり合ってみて、話をしてみて良かったと思えて。


 そこまで積んだが故に、座曳は、その情緒を、自身だけでない、相手を含めた感情の機微を、理解ではなく、体感し、受け入れたから。納得は後からついてきて、そうして、そういうものだと頭の中での理解で締めくくる。


 だからもう、座曳は、大丈夫なのだろう。結局のところ無為、といえるような孤独なんて選びはしない。後悔を先に取ろうとなんてもうしない。嘗ての歪さは、漸く解れた。だからもう、月並みな言葉に意味なんて求めなくともそれを肯定できる。


(私という人物の性質というのも、立派な、頂き物ではないですか)


 座曳は依然人の心の機微に鈍感な自分を一際強く自覚し、顔をしかめる。抑え切れなくなって、


 ザッザッザッザッ――


 歩き出す。前へ。






「あ……、お願い……待って……待っ…―」


 そう。座曳の母は解している。この場の終わる条件を。自身は止める手など持たない。だから、耳を閉ざされればそれまでだ。通り過ぎられれば、もう、残された自身の僅かでは、到底、この場を維持できやしない。空間の膜は破れ、自身の知っているそれと、息子たる座曳が外で見たことがあるというそれとの、混ぜみ包み込むような半分ずつ互い由来の心象風景は消え、そうして何も残らない。


 自身の役割を果たさず、我が儘に走って、奇跡のような経緯で条件が揃ったというのに、数多の犠牲を払って整えた場だというのに、何もできず、無為に、終わってしまう、と……。


 それは、失敗ですらない、唯の裏切りだ。そんなことの為に、自らの夫に引導を渡し、息子を任せるあの少女の為の禊も行えない、それどころか、息子の呪いさえ、解くことができないのだ、と……。これだけの手間と年月と犠牲と執念と熱意と愛といったあらゆる想いが……。そう思えばもう、どこまでいっても月並みな、少しばかり変わっているように見えても本質的には月並みでしかないその母は、もう、何もできや、しない……。


 そうやって、弱々しく泣き崩れ、何もできない。が、


 ザッザッ! スッ、ゾッ。


 ここには以前とは違って、これ位は分かるようになった座曳がいる。光くり貫く白い人型の途切れの根元に、座る曳は足を止めて、座り込んだ。


(妙な暖かさ、ですね。知っているような気がします。きっと、ずっとずっと昔。名を付けた、と言っていました。つまり、それは、私を見てのこと。ならきっと、抱えて頂けた、のでしょう)


 恐らく頭があるであろう位置を座ったまま見上げ、座曳は言った。ゆっくりと。思った儘に。穏やかに。すらりと出た言葉だった。考えるよりも先に、言いたいことが頭の中にふわりと浮かんだ。


「母上。私はここに。籠・座曳は此処にいます。いるのです。立ち去ろうなどというつもりはありません。これでは本当に唯の月並みな再開でしかない。そんなつもりは無いのでしょう? それに、私は貴方の息子でありつつも、あの父上の息子でもある訳です。そんな私がこうやって関わっておいて、月並みなありがちな無為な終わりなんて、ある訳がないでしょう」


 そう言って、口を閉じ、目を瞑り、身体の力を抜いた座曳。ぽかぽかとした陽気の中にいるような気分。きっと、その感覚は共有している。抱かれる者と抱く者。共有する暖かみ。だから――ずっとこうしていたい。


 黄金色の陽光の背景の中、白い光たる母と包まれた座曳。そんな二人はそう思ったに違いないだろう。

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