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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー

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第二百三話 ゴールデン・ハーヴェスト ~誰が具象の光景か~

「……。まさか、ここで口にするとは思わぬかった。このまま言わず終わりにするか、気付いておらぬ。そう思っておった」


 王はそう言って、頭を抱えた。浮かべるのは苦悩でも悲嘆でも歓喜でも嗚咽でもない。憂い、だ。


(なら、何故痕跡を消さなかったのですか。それがそのまま答えです。これは貴方から私への隠された問い。私があのときから真に変わっていなければ気付けなかった答え、でしょう。そこから一段、答えへの道筋が断絶しているところは気に入りませんが)


座曳は、待った。これは必要な間だと理解しているから。


(貴方の思考からも、彼女の思考からも、どうしても説明のつかない、らしくない箇所が見受けられ、それは私由来のものでもなかった。彼女の存在だけでは、こうやって答えには至らなかったでしょう。そこに貴方の望みの一端が現れている。ヒント込みでも、核心の半分が無い故に、貴方が私では正答不可能と考えた出題。しかし、私は既にその半分を持っていた。()()()()()()()()()、持っていた。忘れているだけの可能性は考慮から外すことはできなかったとはいえ、可能性は既に見ていたのですから。船長の耳につけた、あれ。彼女と極めて近しい性質の、あれ。どうであれ、外に出たからこその、今、ということなのですね。何もかもが、連なっていると、繋がっていると)


 そして、下げた頭を上げて、王は続けて口にした。


「だが、これは歓喜すべきなのだろう。お前の母はそれを望んではおらぬ。儂は望んだ。お前も望んだ。その上、お前は真意に気付いてくれた。なら、説得しよう、と言いたいところではあるが、しかし、少しばかり足りない。お前の思()()()()()()()()()()()()()()。だからその分の()()が為に聞かせて欲しい。()()()()()()()?」


 そう言って、王は座曳を見た。全てを視透かそうとする、そう、計る為の、目だ。価値を決める権を持つ者特有の、問い質す目だ。


 そして、それが、針であることを、座曳は凡そのところ掴んでいた。


(貴方と……いう人は……。それは、王としての振る舞いではなくて、貴方の気質そのものだった、という訳ですか……。……。…………。気付くべきだったのでしょうね、私は。……。何を言っているのでしょうか……。そんなことできる筈もあるまいに……。ある筈がないと最初から見ていなかったものを、見る術など、ありはしない。……)


 それに、やることは結局のところ変わりはしない。


(何れにせよ、それには食いついては差し上げましょう。しかし、その後の道筋は、貴方の想定からは逸れるでしょう。……。どちらにせよ、辿りつく()()は同じですが)


「結・紫晶の知らない景色。私の意識の表層まで、ここで見るまで上がることのなかったこの景色を、浮かべたこと。つまり、気付いたのは、この景色を見たそのとき、ということになります。尤も、疑いはしていました。結には、人の視界までは読み取れない。ですから、力の持ち主が貴方か、それとも別の誰かであるか。それが問題でした」


 わざと、そこで座曳は言葉を切った。


「ほぅ? それは随分安直であると思うが。可能性をはなから除外し過ぎている。それでは所詮、まぐれ当たりの類ではないか」


 これは遣り取りなのだ。この時この時間だけが機会の、遣り取りだからだ。今まさにこの時間にも、黄金を、座曳も、王も、収穫していた。きっと、限々の限々まで、終始こう続けるのだろう。


(()()()()()()()()()()()()()()()()()。私に言えた口ではありませんが、敢えて。『分かってほしいものです』)


「それに、もし、結がこの景色を知っていたなら、あの私宛てへの光景の中で、彼女がそれを見せない筈がないのですから。結は、ロマンチスト、ですよ。貴方らしくもない」


 そう言われて、王は憂いではなく、悲しみを顔に浮かべた。


「らしさ、在り様、か。それに儂は……、貫くことすらできぬのに、縛られることを選んでしまった」


 わざと、座曳は続きを紡ぐ。王という名の父への遠回しな返しだったのか、それともはたまた、強引に続きを紡いだだけなのか。きっとその、両方なのだろう。


「いや……初めからそのつもりなのでしたね。手加減でも、配慮でもない。罪悪感、ですか。貴方が王の仮面を適応できない相手。……。確かに、居ないと、保ちませんね。歴代もそうだったのでしょう。つまり、結も……、最後にはそうされている予定だった、という訳、ですか。貴方の体そのものとして、溶け混ざり、中に独自の意思を遺して。それが恐らくのところ、この儀式の終末の形、なのでしょう」


 口を、閉じる。睨み付けるでもなく、哀れみを向けるでもなく、真っ直ぐ、強く、意志を以て、見据える。対面直視。逃げも偽りも互いにあり得ない。


「あぁ。あの男に聞いた訳でもあるまいに、お前は辿りついた。偶然も多分に含んではあろう。しかし、それでも、道筋も至った答えも、まるで、全てを見てきたかのように、相違無い」


 座曳から視点を外し、王は空を仰望する。座曳もそれに倣った。太陽なき夕焼け色の空が広がっていた。その八方の果ては、闇に飲まれ始めていた。


(さて、時間はあと幾許もありませんが、果たして――蛇と出るか凶と出るか。しかし、後を考えると、どうしても省く訳にはいかなかった……)


 そんな遥か高く空に向かって、王は、叫ぶでもなく、聡すように穏やかに、訴えた。


「負け、だ。純粋にお前も、こやつに負けたのだ。なら、叶えねばならぬ。その責がある。頃合いよく、()()()()()()だ。であれ、我らが息子の望み、聞き届けることは可能であろう」


 すると、


 ブゥオオオオオゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ――


 一際強く横風が吹き、目を瞑る。それが止むと、夕焼けが闇に消失し、麦穂そのものは黄金色に光ってはいたが、その光は拡散せず、その場に留まった状態になっていた。場面から空の背景が消えたような、そんな感じだった。


 そして、何かが、


 ヒュゥオン――、


 座曳の真横至近距離を後ろからかすり抜けて、


 ベチョッ!


 王に、それは当たっていた。人一人ゆうに覆ってしまえるであろう、黄金色の粘りけのある液体の塊だったようで、それは、王を溶かし始める。煙も悪臭も出さず、ただ単に溶かしていこうとしている。王は苦しむそぶりは見せないとはいえ、明らかにそれは、不味そうだった。


(っ! 未だ、話が、……言うべきことが、聞きたいことが…―)


 王が、溶けかけの右手を翳し、溶けかけて胸部と癒合を始めた斜めに垂れた頭を上げることなく、制止した。


「動かずともよい。演出だ、これは。そう思うがいい。それに、暫し後、終わりの水際、また、()()|……―」


(っ……)


 そうして、言い終えるまでもなく、王は解けて、何やら新たな形が築かれようとするところで、発せられた黄金色の眩しさに座曳は目を瞑る。そして――


「座曳、」

 

 どうしてか、聞き覚えのないのに懐かしい。そう思えるような声が、した。

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