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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百九十五話 崩れゆく都の中心へ

 激しく息もできない速度に一瞬で到達し、出口へ向かって、二人は吹き飛んでゆく。今まさに崩れた天井の、落下中の巨大な瓦礫の下を掻い潜って。


 カッ、ガッ、ガタッ、ガタッ、ガッ、ガララララララゴロロロロロロロロロロロ、ブゥオオオンンンンンンンンン、ゴゥッ、ゴォォォンンンンンンンンン、バララララララ――ラララァァオオオオオオオオンンンンンンンン……


 受け身も取れない着地の寸前、彼女を守るように何とか自身の胸に彼女を引き寄せ覆い、地面に擦り転がるようにところどころぶつけて血だらけの座曳と、服が擦れ裂け破れてもその身は割れず無事で済んだ彼女。


 横たわったままの二人。彼女を胸に抱き包んでそんな彼女の方を向いた座曳と、胸元から首下から座曳を見上げる彼女。そうやって互いに顔を見渡して、互いに互いが生きているのだと、なんとか切り抜けられたのだと実感する。


「言ったでしょ。こんなところで終わるわけにはいかないのだから、私も貴方も」


「えぇ、その、通りですね。結末には、まだ早い。で、なんですが、何、ですか、ここは……。何も、ありませんよ……?」


 周囲を見渡しながら、座曳は抱き抱える形で自身の胸にいた彼女を優しく起こした。そして自身も上体を起こす。


 そこは、王城があった筈の場所。嘗てあった、場所。そこは、平らな石畳が広がっただけの何もない巨大な円形の空き地になっていた。


 天井である遥か頭上の、この巨大な巨大な洞の岩肌が崩れ落ちてきた断片が散らばっているだけ。今は一時的に崩落も揺れも止まったが、また続きがいつ始まるかなんて分かったものではなかった。


()()()()()()()()()()()()()。貴方の二度目の、貴方の覚えている限り一度目の反逆は、無意味じゃなかったの。少なくとも、貴方も貴方の仲間の一握りも私も、それがあったからこそ、今、生を繋げていられるのだから」


 彼女の言葉に反応し、座曳は振り返る。


「……。違い、ますよ。これは唯の偶然の幸運です、これまでの貴方の不安の揺り戻しです。私は、これをまるで見越せてなんていなかったのですから」


 そう本心から口にし、彼女の触れて欲しいところには敢えて触れない。彼女はそれについて問い詰めない。しかし、とても悲しそうに言うのだ。


「座曳。貴方は未だ貴方自身を許せないのね。私が貴方に許すと、いや、それ以上に溢れんばかりの感謝を感激を幸福を口にしても、貴方のそれは溶けてなくなりはしないのでしょう。だから、やっぱり、貴方は貴方自身で、自身を許す為の理由を掴む他、ないの」


 彼女はそう微笑みながら、彼の周りをくるり、くるりと踊り歩き、口を止まると共にぴたり、と止まった。座曳背中を向けて、どことなく寂しそうに頭上遠くを見て。


「……」


 座曳は沈黙した。沈黙して、彼女の答えを、彼女が言い出すのを、待つ。それはそんな意思表示。


 彼女は後ろ手を組んで、首を傾け、振り返るように、


「宿命、なのかしら、ね……」


 そう儚げにぼそり、俯いたかと思うと、


 ゴォォォォォォォォ――


 一際激しい地鳴りと共に、周囲一帯が大きく揺れる。これまでとは違い、とても立ってはいられない。初動が、まるで地面の下から蹴り上げられるような縦揺れ。そして、揺れ幅がどんどん大きくなってゆく横揺れに。


 座曳は体勢を崩し、膝をつきそうになりながら、彼女に手を伸ばしながら、叫んでいた。


「結、こっちへ! 這ってでもぉおおお!」


 そう叫び、気づく。


 ()()()()()()()()()……。


 顔から熱が引いてゆく。どうしようもない悪寒が沸き上がってくる。沸き上がってくるということは、それは内から。自身の内から来ている。それはすなわち、疑心。彼女への、つい今生まれたばかりの、しかし、否定しようのない、疑心……。


 ドッ。


 体の力が抜けた。尻から地面に、ぼとりと。膝にはもう、立ち上がるだけの力は入らない。彼女の方を向いて。


「ゆ、結……」


 そう、声を震わすだけだった。


 彼女はこの揺れの中微塵もふらついてなどいなくて、それどころか、自ら、体をリズムを刻むように軽やかに揺らしていた。その動きから、俯いて口元を歪めて、近づいてくる。座曳の方へ。


 足音は、無い。


 まるで、重みのない、歩みで。まるで体幹をぶらすことなく、一歩、一歩、また一歩、そして――座曳の目の前へ。尻をついたままの座曳の顔を、後ろ手を組んで上から覗き込むように。


 その顔は、笑っていた。火照るような熱を頬に含むかのように。硬い硬い石のような顔は、それどころか、身体全体が、まるで嘘のように、桜色に色づいていた。


 ピキピキ、ピキッ――


 そんな彼女の体に罅が入ってゆく。今、顔を左斜め上から右斜め下に縦断するように、ぴきり。


「座曳。私は、貴方の嘗ての願いの通り、この都市を跡形もないものに変えて、終わりにするつもりだった。私の大半を使って。そして、僅かながらの貴方との余生を送る。貴方がこの海域に再び足を踏み入れた時点では、そうするつもりだった」


 子供の頃の、彼女の声。座曳自身はもう遠く憶えていない、彼女の声。幼い角の無い高さと、それに少しばかり蓋をするような子供らしくない口調。ゆっくりとはっきりと強弱と発音をつける、演じるような大人の喋り方。座曳の喋り方の原点。彼女を真似て、しかし、同一を目指さず、独自を目指して、座曳はずっと昔の子供の頃に今の喋り方に至っていた。


 もう微塵も憶えていない。けれど、座曳の体は、確かにそれを記憶している。だからそれが、心底、懐かしいと、思った。


 ピキピキ、ピキッ――


 事態は、感傷に浸るだけの余韻を与えてなどはくれない。


 未だ彼女はしっかり立っているが、それすら、そのうち危うくなると目に見えていた。罅の数は増え、細かく、密に、そして、奥に、進んでいっているから。


 ゴォォォォォォォォ――、ゴォオオオンンンン、バラバラバラ、バシャァアアアアアアアアア――ゴォオオオオオオオオオオオオ――


 遠くで、水に崩れた構造物の沈む音がした。それは、この場全ての崩壊がいよいよ現実染みてきたということ。強固に作られた筈の、これまで崩れず存在していたこの都市が、崩壊へと舵を切らされたのだということ。


「私はね、座曳。結局ここまで独りよがりだったの。そしてそれは引き返せないところまで来ているの。でも、少しばかり、それを貴方側に寄せることだってできるの。崩壊は止められなくても、その震源が私自身であっても、それでも、未だ、真に貴方の為にできることはあるの。それも独りよがりかも知れないけれど、他ならぬ貴方の為」


 そこでやっと、座曳は口を挟んだ。


「ゆ、結……、何なんです、何なんだと、いうのです……」


 しかし、彼女は答えない。


「どれもこれも。私は、貴方を、信じている。貴方の呪いを、解いて、あげる。でも、私があげるのは機会だけ。掴み取るのは貴方。そうじゃないと、それは解けない。そうして、貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 そう、彼女が言い終えると同時。


 ミシィイイイイイ、ドォォウウウウウウウ、ブォオオオオオオオオオオオオオオオオ――


 二人のいるその平らな円形の何もない石畳は、深く大きく罅割れ、乗せた二人ごと、落下を、始めるのだった。


 座曳は咄嗟に決死で手を伸ばす。彼女に向けて。しかし、


 スカッ。


 それは、空を掴んだだけ。彼女は軽快にそれを避けたから。彼女は寂しそうに笑った。涙を浮かべて。


 そして、彼女の方角に向けて、届かぬと分かっている手を伸ばして、


「結ぃいいいいいいいいいい――」


 叫ぶ。


 そうして二人は、離れ離れに、落ちて、ゆく――

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