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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百九十四話 長い洞の中での危機

 コトコトコトコト――

 コトッコトッコトッコトッ――


 二人はゆっくり歩いていた。結・紫晶の歩調に座曳が合わせて。王城への門のある側へと、まやかしの壁を透過して丁度戻ってきたところだった。


 ゴォオオオオオオオオオオオ――


 これまではずっと静かだったのに、地鳴りのような音が響き始める。しかし、音だけ。実際に地面が揺れているような気配はない。


 ――オオオオオオオ……。


 僅か数十秒でそれは止んだ。


 二人は念の為足を止めていたが、何も無いだろうと判断したのだろうか、再び歩き出す。


 コトコト……コトコトコトコト――

 コトッコトッコトッコトッ―― 


 隣で歩きながら、一瞬、彼女の顔に影が落ちたかのように見えた座曳は、それが気のせいだとは切り捨てず、自然と手を伸ばし、優しく、手首から指先までを包むように掴んだ。


「心配は、要りません。あの時とは、違うのですから。貴方が隣にいて、そして、私は真っ向から抗う気をしっかりと持っていて、知恵も策も経験も、事足りている。後は、対峙して、振るうだけ。行きましょう。ここまで来たのですから、たとえ今のが本当に地鳴りで、まるで地震のように揺れ、崩れ始めても逃げはしませんよ。私だけでなくて、貴方もそのつもりでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(こうやって、言葉にすることに意味がある。知ったからには、怠らないようにしなくては)


(……。違う、のね。ふふ。彼は実は変わったということかしら。私の思いもしなかったくらいに……。なら、やっぱり、信じて、()()()()()()()()()最後の試練へ、貴方を招待しましょう、座曳)


 コトッコトッコトッコトッ――

 コトコトコトコト――


 そうして二人が、先ほどの、巨大なトンネル状の洞、長い長い、王城へと続く路の前に差し掛かる。二人は今度は足を止めない。


 コトッコトッコトッコトッ――

 コトコトコトコト――


 そのままに入ったところで、


 ゴォオオオオオオオオオオ――


「っ! 不味いです!」


 座曳が彼女の方を向いて声をあげた。


 それは、足元から天井から壁から、まるで、この空間全体が揺れ始めたかのような、轟音だった。大きく、揺れ幅を増すと共に、頭上から落ちてき始めた壁面の粉が、危機が今まさに振る掛かっている証だった。


 彼女の返事を待つまでもなく、座曳はさっと手を繰り出して、


 ガシッ、ニギュッ、


 ドタタタタタタタタタ――


 有無を言わさず彼女を抱え上げ、その表情すら伺うことなく全速力で駆け出した。






 スタタタタタ――


 長い長いトンネルのような、前方向と後ろ方向へ続くその洞の、中腹辺りを座曳は彼女を抱えて走り抜けていた。彼女の顔を覗く余裕もない。


(長い……、絶望的に、長い……。何という長さなんですか……。子供の頃はこの長さが、この長く長く続くさまが、ちょっとした楽しみであったというのに、今はどうしてもこの長さが、辛い……)


 全長、数百メートルだった洞。それは座曳がここにいた頃の話。今はそれは、この都市の拡大に従って、長く長くなっていた。キロメートルに迫る長さの、唯の通路としては遠大な全長を持つ、明かりもないのに、入口から出口が見えるように特異に作られた洞。


 座曳は気付かなかった。そして、知っている筈であろう彼女は何も言わなかった。だから座曳は見誤った。そして、座曳はそんなことに気付くだけの僅かな余裕すらない。


 スタタタタタ――


 息が苦しくても、足が重くなってきても、抱える彼女の重さが枷として効いてきても、全速力の状態から殆ど速度を落としていない。


 座曳のそんな動力の源は、ひたすらに、意地だった。しかし、


 ミシッ、メキッ、ピシシシシシッ、ガラッ、グゥオオオン、ブゥゥゥゥゥ、


 意地では、どうにもならないことも、ある。


(くそ、ここにきて、ここまできて、くそっ、くそっ)


 崩れ落ち始めたトンネル。頭上。それでも座曳は、足を止めない。依然洞の中腹。出口に近づいたようには彼の視界には微塵も見えていないだろう。


 それでも諦めない。諦められない。


(せめて、結だけでも……!)


 そう、強く思ったところで、思考は働いた。彼女だけでも助ける為の最低条件を探す、という名目で。そこには自身は入っていない。座曳にとっての負けとは、自身の死ではなく、彼女の死。


 胸の前で両手で抱えていた彼女を、片手片脇で挟むように持ち替えて、


 スタタタタタ――


 空いた片方の手で、何やら、自身の腰周りをまさぐりつつ、足を止めることなく、彼女に向かって言った。


「行…………だ……」


 それは半ば言葉にならない声。何とか絞り出したのだろう。そして、意味は言葉ではなく、まさぐっていた片手が、彼女の体に押し付けるようにぐるり、ぐるり、ぎゅぅうと手元を見ることもなく器用に巻きつけ括り付けたそれが示していた。


『行くんだ!』、だ。彼女に向けてそう言ったのだ。


 出口の大きさが変わり始めたところだった。向こう側が真に見えた頃合いだった。もう座曳は、自身の足が気合いでは動かない域に来ていたことを悟っていた。思っていたよりも、体力は落ちに落ちていたのだと、それから無意識に目を背けていたのだと気付いた。あの苔による消耗は見掛け上しか回復していなかったのだと悟った。


 そこで、彼女と共に、というのを座曳は諦めた。最後の最後の躊躇を、絶ち切った。


 ジェット機関とそれに連結させた紐。彼女の体にそれは巻きついていて、座曳はそれらの起動も兼ねて、前へと、彼女を思いっきり、投げた。


 紐が張っていくことで、起動の引き金が引かれることになる。だから、起動には少しばかりの猶予があった。そう。ほんの1秒程度の。


(できることは、悲しいながら、もうありません、ね)


 座曳は足を止め、もういいと崩れ落ちようと力を体じゅうから抜くように――


 ガシッ。


(っ!)


 ブゥゥゥゥオオオオオオオンンンンンンン、


 一瞬上げた顔。見えた、彼女の動いた口元。


 ブゥオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウウ―― 


『もう、離れない』


 そう、彼女が言ったような、気が、した。

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