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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百九十二話 定めと諦め目を閉じて彼の傍にと希う

 彼女は、この都市の大人たちの、普段の優しい外面が、時折外れて狡く生々しくえげつない内面が垣間見えていたとはいえ、信じたかった、虚栄の、理想の大人として在る大人たちという儚い夢が、自身という立場の意味が、どうしようもなく粉々に崩れてゆくのを感じずにはいられなかった。


(もう、厭だ……。見たくない……。けれど、またいつものように、終わるまで、終わらない……。私の罪はそれだけどうしようもないということなのかしら……。座曳……。貴方が許してくれたとしても、それはあのときの貴方ではないから……。だから私は、永劫に、囚われ……るのかしら……)


 彼の勝ちは観客たちの数の暴威に覆された。王すらそれを追認し、だから、自身の権限がこの場を反転させることも可能である程と知らない彼女は、狡くなれない彼女は、諦めるように、観客と王の意見を是とする決を下した。


 彼が絶望の表情を浮かべ、崩れ落ち、それでも何とか、言葉を口にする。


『どうして、ですか……。どうして、結、君、が……。僕は、間違って、いたので……すか……。僕は……。はは、ははは、はははははは。僕は、間違っていた』


 壊れたように笑い出し、涙はとめどなく流れ、止まらない。それを拭おうともせず……、彼は続ける。立ち上がり、天を仰ぐようにして。


 彼女はもう、耳元に未だ響いてくる、自身のところで止めている、観客たちの、それでも続く彼への非難の罵声で、はち切れそうだったことも、もう、どうでもいいと心底思った。もう、聞こえていても、聞こえない。響かない。彼女に耳には。彼女の耳は、彼の声を聞いて、それをそのまま、見て、感じて、届けることを選んだ。


『ああ、滑稽だ。滑稽だ。別にそれは構わない。選んだ結果だ。たとえ、誤っていようとも、何もせずに、見ぬ振りする方がずっと嫌だった。それも変わらない。ここに来ても未だ。が、負けだなこれは。僕の負けだ。紛うことなき僕の負けだ』


 そして、彼は、王の方を向く。


『とはいえ、僕は、貴方自体には勝った。命はくれてやる。実の息子の命だ。実に馴染むだろうよ。だけど、彼女だけは、』


 そう、彼は王の方を向いたまま、彼女を指差し、


()()()()()()()


 まるで、死の淵の大の大人の男が、自身の妻の無事を頼むような、子供らしからぬ雰囲気で彼は言った。ぼかしにぼかした言い回し。それは彼女にも選択を迫っていた。


 彼女の解釈。そして、それを観客に伝えるときに加工を入れるかどうか。彼女の解釈自体が、彼の言葉の意味を確定させる。


 彼女に選ばせる為の一言だ。そして、王に、命じるでなく、懇願する一言だ。


 彼女は、漸く悟った。彼の勝利条件を、彼は、果たしたのだ、と。()()()()()()


 しかし、もうそれは、彼女にとって、この上ない後悔となった。そうだと彼女は遅れて気付いて、心に刻まれ、今の今まで付きまとっている。


 そうして、彼は負けたことにされ、されども、王が彼を後継者に指名した。彼の記憶と牙剥く才と反骨を忘却によって削ぎ落し、理想の次王に成形するのだ、と。


 彼はもう、抜け殻同然で、無抵抗のまま、拘束された。そうして儀式は終わった。これまでにない変則的な形で、歪曲された形で。


 王は彼を次代の王に育てようとして、しかし彼は、それでも本質は何も変わらず彼で、再度の王への反逆、儀式を経由せぬ反逆を、自身の置かれた立場を利用した反逆を行い、()()()()()()()()()、彼は追放された。


 王はそれから、過去の礎から成るからと手を入れなかった、この都市の在り方に手を入れた。思想は縛らない。これ以上、忘却の術を振り翳さない、子供は親から離して子供同士の集団生活をさせ、この都市の思想、伝統という型に嵌めることを止めた。


 大人たちには、思考を停止してこれまでくべてきた無垢な子供たちという罪を自覚させ、未来への種となる子供たちの意思を無知に奪ったことを後悔させ、自身たちの中から新たな意見が出ることを悉く許さなかったことを反省させ、彼らが妄信的に都市に頭を垂れることを拒絶した。


 しかし、かの儀式だけはそのまま残して。


 時折挑む子供たちはいた。それらは悉く、敗れた。しかし、自ら進んで贄へなりにきたのではなく、自らが時代の王の器だと、もう退いていいのだと、彼らは王を救おうとしていた。


 王の優しさ故の責任感。不完全な不老不死故とうに衰えは目に見えていた。肉体精神共に退くべき状態であると明らかなのに、自らは退けない。


 子供たちは気付いている。子供たちは、大人たちと違って、常に考えている。目に入る全てについて、考えに考えに考えている。思慮と配慮。彼らは、そんな気付きに目を背けない。


 子供たちのそのときどきの、最も優れた者が、子供ながらも責務であるかのように、王に挑んだ。子供たちの誰もが、心底、王を救いたいからそうしていた。王は挑むことを止めることを辞さなくなっていた。それでも、王自身も強制はしない。それでは過去と同じだから。挑むなら、仕方無い。仕方無いが、それでも、活かせるだけ活かす。贄に。自身の為の贄ではなく、未来の為の贄に。


 王は、予感していた。そう遠くなく、自身を打ち負かす者が現れる、と。子供たちの完成度は、年ごとに、上がり続けていたから。僅か数年でそれだ。誰もが、もっと早くにやっていたら、と言う。しかし、適した機に始めなければ意味はなかった。これは、ある意味、この都市そのものの否定なのだから。


 王は次代への引き継ぎで、立場以外を自身で終わりにするつもりだった。立場だけ引き継がせ、後は引き継がせない。この都市の化身の如き歴代の王の記憶は、この都市の闇も光も伏せ合わせたかのような秘匿の数々も、交代と共に、終わりにする、と。


 そうして、この都市は、最初の目的という縛りから逃れ、この都市の今生きる人々の為の都市へと生まれ変わるのだ。死んだように生き続ける。死蔵し保存し続ける。唯、続かせるためだけに犠牲を強い続ける。そんな虚ろは、最初からの間違いは、漸く、終わるのだ。


(義父様は私にそう、よく話してくれた。そして、必ず、終わりにこう言っていた。遠い目だった。けれど、とても暖かだった。『儂が死ねば、お前を縛る枷は消える。呪いは消える。然すればあやつを探しにゆくといい。嘗て盗人が盗んだ箱舟の変わりに置いていった船がある。あれも前時代の異物だ。あやつの居場所を差し続ける前時代の遺物と伏せて。すまなかった。しかし、もう、少しだ。もう少しだけ、耐え忍んでおくれ。待ち望んでおくれ』。どうしようもなく、私も、義父様も、座曳も、すれ違っていたのだと……。そして、その時は、来なかった。だって、)


 しかし、それはどうしようもなく、突如、終わった。


(私と義父様を残して、この都市は滅びたのだから。外から来た、緑苔嵐の疫病によって……。そして、私も王も、もう、執念だけで、生を保っている。精神はもう、正常かどうか、分からない……。なんで、なんで……なんで……どうして、こんな……)


 苔生す嵐が、瞬く間に都市を人々ごと飲み込んで……。王は対処法を見つけたが、もう、遅かった……。そして、王は、そんな終わりを認められかった。役目の呪いからくる狂気染みた強迫観念と、性根の義務感の合わさった、正気と狂気の境界で、もう、殆ど何も残っていない。


 心を強く渦巻くのは唯一つ。贖罪のように為し続けた全て。その道筋、その結末、捧ぐは誰の為?


 そうして、王は、相応しき者による裁きを、待つ。最後の捧げ物をその者への呼び水として。


(それが、私……)


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