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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百八十九話 机上空想の海戦:初手 読み切り、身を切り、手を掛ける

 彼女は、初手のそれに驚愕せざるを得なかった。目を見開き、口をぽかんと開け、これまでの無表情なんて嘘だったかのように、驚く他なかった。


 先ほど一瞬目にした配置が、気のせいかと瞬きして、次の瞬間に砲撃音がして、それに僅かに遅れてこのありさまだからだ。


 爆発のエフェクトが、王の陣地を剥き出しにしていた。


 幻想側である観客たちにそれを反映して見せるという自身の機能である最低限の仕事が飛びはしなかったものの、観客たちの罵詈雑言なんて一切耳に入らなくなる程に、彼女は動揺していた。


 煙が上がっているそんな、王の陣地第一層の、耐久を減らされて未だ浮いている船と、沈んだ船。少年側、最も右の列から飛んできた砲弾。それは、残り耐久度1になっていた副艦の一隻に当たり、


 ヒュゥウウウウウウウウ――、ブゥオオオンンンンンンン、ズズズズズズズズザザザザザザザザ……。


 それを沈めた。その音と共にやっと、彼女は心に言葉を抱く。何なの、これ……、と。


 何故なら、それは、正気を疑うような我が身顧みなさだったから。正に捨て身だったから。そして、それを恐らく、彼は狙い通り成功させてみせたのだろうから。


 彼は初手で、王の指示中継艦を全て滅ぼしたからだ。というのも、彼は、潜水艦を、王の陣地の一層に、耐久度1、燃料2で、敷き詰めていたからだ。


 開始と同時。そのときに衝突判定が発生する。尚且つ、移動の権利が発生するより前に衝突の処理が行われる。そうなるだろうと、過去一度もそういう場面は起こらなかったが、過去の映像からそうなるだろうとあたりをつけ、やってみせたのだ。


 衝突時に相手の耐久度に与えるダメージは、移動無しの状態であるため、3となる。つまり、一層にしか存在できない指示中継艦は確実に潰すことができる。そして、一層の全マスに敵艦が敷き詰められているとは限らない。爆発したマスによっては、確実に潰すことが可能。


 自身が挑戦者であるが故に、先手と決まっていたからからこそ取れる手段。当たり判定の順がもし予想と違っていたら唯の浪費にもなりかねない策に、彼は、資源計600を注ぎ込んでみせたのだから。


 燃料も禄に積んでおらず、魚雷無しのそれらは、そこで活かせなければ、唯の浪費でしかない。資源の半分以上を無為にするかも知れない賭け。それに彼は勝った。


 言葉にしたらそれだけのことだ。しかし、これは命賭けである。そうであると知っていて、自身が斃れれば彼女を救う機は終ぞ何も現れない、と分かりきっているが故に、命を投げ出しても彼女を救えるなら構わないと思っている彼は、彼女を救うまでは死ぬ訳にはいかない。


 だというのに、これだ。この賭けだ。別にこのような手段を取らずとも、勝ちの目はある筈だ。しかし、それでも彼がこの手を選んだということは、まるで揺るぎもせずこんな手を取ったということは、酷い矛盾を孕んでいる。


 先攻最初のターン限定の、移動を挟まない自爆特攻。王はそれを試せる筈もなく、誰が、限られた資源を半分以上賭けて、賭けに出る? もし、それが当たってしまったら余りに有利になり過ぎる。逆に外れてしまったら、まるでわざと負けにいっているかのよう。


 だからこそ、それは彼が初めて使った手だった。そして、想定外の奇襲に成り得た。王の陣は、悉く靄を失い、あっけらかになっていた。晴れた靄には、王の姿が見える。本来想定されていた以上の爆風と余波のエフェクトによって、王の表情も姿勢もものの見事に丸見えだ。少年からは。


 少年の顔は、王側からは見えていない。靄の中だ。ただ、自身の陣に起こった、恐らく、全ての靄が一時的に吹き飛んだと想像に難くない現状に、惨状に、王は多少なりとも心動かされている筈。そう少女は思っていたが、まるで違った。


 王は悠然と佇んでいる。姿勢すら変えていない。どっしり構えたまま、厭世的な目を、少年がいるであろう側の靄の方に一瞬向けただけ。煙が晴れ切る前のことだ。だから、少年は気付いていない。


 見て居る彼女だけが気付いている。この決闘が、王にとっても、これまでとは明らかに異なる位置づけのものであると、彼女は悟った。


 王の胸中は彼女の予想通り、これまでの儀式とはまるで違っていた。


 王はわざと負けるつもりはないが、力及ばず自身が負けてしまってもそれでも構わない、と思っている。寧ろ、そうなってほしい、力及ばず負けてしまいたい。そう思っている。しかし、そうはできなくなっていた。


 自身の息子である今対峙している少年が、反逆を掲げてここに立っているから。この都市のあらゆる全ての終焉、皆殺しと積み重ねた全ての廃絶を掲げているからだ。そして、彼が勝ち、()()()()()()()()()()()()()、それはもう防げない。たとえ負けても、奪われ死ぬその瞬間までは王は王な訳で、だからこそ、ここで少年を下さなければならなかった。


 そして、それを力尽くでできないが、最終的に勝者でいる方法は思いついていた。卑怯で狡猾で不平等で、しかし、確実な方法。それを使えば負けはしないと分かっていたが、それを使えば、自身が王として留まっても、王である資格を保てるかが不透明だった。そこまでして勝ってしまえば、次代はそうそうに生まれはしない。それまで自身が保つとは、王は思えなかった。半永久の不老不死。しかし、精神の死は、不老不死と両立する。老いる訳でも死ぬ訳でもないのだから。動かなくなるだけなのだから。そうして王は、惑う。


 そんな心の内を少年は知らない。彼女も知らない。


(でも、今の私は結末を知っている。全ての過程も。この、義父様の苦悩も。その余りにも卑怯に見えて、しかし、その背負う責からしたら当然であるその行為を、私は否定したいのに、否定できない。……。否定できないなら、彼といる資格なんて未来永劫にあり得ないというのに……)

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