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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百八十八話 思惑呼ぶ長々しい制約 後編

【《一》…『戦いは、最初の砲が鳴り響く前から始まっています。互いに要する自陣20×10×5の立体格子の中へ最初の配置をするその時から勝負は始まっているのです。相手は互いに見えません。戦場を覆う灰色の霧によって。だから両者は存分に考え、持てる全てを割り振るのです】


【《二》…『割り振ることができるリソースは、全てに共通であり、それぞれの陣営に1000ずつ与えられます。何に割り振るにしてもそれらが共通であるということは、配分の時点から、勝負の行方ははっきりしてしまうことすらあるのです』】


【《三》…『リソースの消費の対象は、自身のターンでの攻撃、自身と相手のターンでの駒の移動、駒自体の耐久度。この三つです。失くなれば何もできません。だからといって、移動と攻撃のみに偏り過ぎると、相手の攻撃に耐え切れません』】


【《四》…『自身の持ち駒は四種です。主艦。副艦。指示中継艦。潜水艇。それぞれの駒には特性と割り振りへの制約が存在します』】


【《五》…『耐久度、砲弾、魚雷、石油が、リソースを割り当てる対象となります。どれも資源として等価です。どれも、1つでリソース1つ分と評価されます。開戦前まで、資源をどのリソースにどれだけ割り振るか自由に変更可能です。各駒一つ一つに振り分けます。開戦後はリソースの種類は変更できなくなります』】


【《六》…『主艦。これが沈むと移動ができなくなります。開戦時、自身の駒として一隻のみ存在可能かつ、必ず存在していなくてはなりません。割り振り可能なリソースは耐久度、石油、砲弾です。耐久度下限1、上限無し。石油下限無し、上限無し。砲弾下限無し、上限無し。移動と、砲弾を使っての攻撃を行うことができます』】


【《七》…『副艦。相手からは主艦と区別がつきません。下限上限無しで複数存在可です。割り振り可能なリソースは耐久度、石油、砲弾です。耐久度下限1、上限5。石油下限無し、上限50。砲弾下限無し、上限25。主艦が残存する場合のみ移動ができます。指示中継艦隊が一隻以上残存する場合のみ砲弾を使って攻撃を行うことができます』】


【《八》…『指示中継艦。これが沈むと主艦以外攻撃を行うことができません。下限上限無しで複数存在可です。割り振り可能なリソースは、耐久度、石油、砲弾です。耐久度下限1、上限3。石油下限無し、上限10。主艦が残存する場合のみ移動ができます。他の艦と四方か真下で隣り合っている場合、それらの艦とリソースの交換が行えます。その際、耐久度はどちらの艦にも最低1残るようにしなくてはなりません』】


【《九》…『潜水艦。下限上限無しで複数存在可です。割り振り可能なリソースは、耐久度、石油、魚雷です。耐久度は1固定。石油下限無し、上限50。主艦が残存する場合のみ移動ができます。指示中継艦隊が一隻以上残存する場合のみ魚雷で攻撃を行うことができます』】


【《十》…『移動について。潜水艦以外の艦首は、最上段の格子内かつ自陣内しか移動できません。潜水艦のみ、一段目から五段目の格子内の移動と、敵陣に配置、移動することが可能です』】


【《十一》…『移動の速度は、燃料の使用度合に依存します。ターンごとに、燃料消費の判定が発生します。燃料1で、1ターンに1マス進めます。燃料2で2マス進めます』】


【《十二》…『攻撃はターン制です。1ターンごとに攻撃側が入れ替わります。攻撃側は自身の陣か相手の陣のマスを指定し、どの艦から攻撃するかを指定し、攻撃できます。しかし、砲弾や魚雷を発射する艦が、指定したマスの前後左右直線上にないと発射はキャンセルされます。攻撃側もされる側も共に石油を使っての移動ができます。砲弾も魚雷も、最初に当たった駒の耐久度を1減らします。耐久度が0となった駒は沈みます』】


(私は殆どそのまま、顔も名前も知らない先代の誰かの役目と知識をそのまま受け継ぎ、こうして、そういう装置として口にしただけ。どうすれば、こう、ならずに、済んだのか……。もう全て、過去のこと。過去は変えられない。それは、等しく誰にとってもどうしようもなく平等だから……) 


【『以上、です』】






 彼女は現実で俯き、枯れた心の中で呟く。それでも、彼女は役に縛られている。それを放棄することだけは、させて貰えない。だから尚更に、彼女は冷める。先ほど少年から感じた熱量などすっかり忘れるかのように。何の感慨も無く、その観戦と中継と審判を始める。


 二人が駒を配置してゆくのを、唯、虚ろな目で、見ていた。彼が勝てる筈がないのだ。王に。何故なら、たとえ、これまでの挑戦者が、王の座を簒奪するつもりであったとしても、誰もが王には勝てなかっただろうと彼女には分かっているから。


 王は経験を押し付けられた者ではなく、自らその身でこの遊戯に臨んだ者。挑戦者である少年や、これまでの歴代の挑戦者は、誰かの経験を追体験しただけ、つまり、そこに自身の試したいこと、試行錯誤は無い。このゲームはマスクルールだらけ。


 彼女が今しがた述べた十二のルールは最低限のものでしかない。王は、これまでの遊戯に実際に興じた十程度の機会で、疑問となる点を自身で試せている。しかし、少年はそうではない。ゲームの結果から、既に明らかなマスクルールを推測することができるだけ。


 浮かんだ疑問に対する答えが、借り物の経験の中に無ければ、その分だけ苦悩しなくてはならない。不確定に賭けるかどうかの選択に迫られる。王も分からないことについてはそうであるが、その頻度は、この遊戯に初めて臨む少年とは段違い。経験として他人の思考を流し込まれても、その意味は意図は論理は、異物だ。実際に経験するのとは、訳が違う。


 だから、挑戦者側は、これまでの遊戯に結果はあっても、マスクルールの答え合わせはできない。辻褄合わせしかできない。


 一見フラットな条件で対峙してあるようで、全くそうではないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、そのような隙は、限りなく、無いに等しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女自身もそれを自覚している。自身の存在が表面上の対等と、その皮一枚下の不平等を。


 王と挑戦者の同意から始まる儀式であること、挑戦者から挑む形式であること、挑戦者が先攻であること。それらを踏まえても、一方的に挑戦者が不利なのだ。足掻かせても、勝たせるつもりなど、基本無い。王と同等でなく、差をつけて優れていなくては勝てない形式。


 彼女はそれを、先代からの引き継ぎからも、自身にこびりつかされた情報から自ら出した結論からも、悟って、諦めていた。


 だから、彼女にとって、彼は不気味な程に異質な挑戦者であっても、未だ、意識を向ける対象には至らない。直ぐに冷める、一時の興味しか、彼に未だ、このときは抱けなかった。しかし、それは直ぐに変わった。


 王が、


「こちらは万全だ。そちらもそろそろかな?」


 そう、机に頬杖をつきながら、自陣の向こう側の少年へと声を掛ける。少年からも王は靄越しである。互いに互いの陣地と配置は見えないのだから。


「……。…………。終わりです。では、」


 少年が王の言葉を聞き、無言で素早く配置をかき混ぜるように変え終わらせ、口を開く。


「始めましょうか、貴方の滅びを」


 冷たさと、見下し混じりと、少しばかりの昂ぶり。そんな気分を濃厚に感じさせるような声で、宣戦布告した。


 彼女は、見た。少年の取った、リスク塗れの、しかし、勝ちに届きそうに思えた、これまでのどの決闘でも見たことのない奇策を。彼女は、思った。彼は本当に、勝つが為に立っているのだ、と。


 だから、感じてしまった。思ってしまった。彼の先ほどの言葉。自身に向けられたそれは全て真実なのではないか、と。ならもう、彼女は中立ではいられない。無意識に彼女はそうなった。これまで、無意識に秩序側、王側に僅かの僅かに寄っていた彼女は。


 完全なる中立なんてない。物事は多少なりとも、二極があれば、どちらかに微かでも必ず傾くのだ。それが、人の介在するものである限りは必ず。


 ブフッ、ドォオオオンンン!


 現実で、砲撃の音が鳴った。彼女がそれを認識し、幻影の中でも同じように、それが鳴り響いた。

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