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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー

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第百八十五話 フラッシュ・メモリー

 儀式の全てを知る彼女以外の脳裏に、そこにきてやっと、この形式に則った決闘のルールが流れ込むこととなる。


 脳裏に浮かぶ映像として、脳裏に焼きつく知識として、それらは伝えられる。そのときになって、初めてを繰り返す。彼らは、これが海戦ゲームという過去あった卓上遊戯の一種であるということも、以前の儀式の全決闘も、瞬く間に圧縮されて、一瞬でそれを認識することとなる。そのときの王の視点、挑戦者の視点、観客の視点、歴代の審判者の視点。王も挑戦者も同じ。このときになって初めて、決闘の中身を知るのだ。そして、終われば忘れるのだ。忘れ去られるのだ。儀式の終わると共に。次の儀式が行われるその時まで。


 そうして、有利不利を均してきた。そうして不正の目を潰していた。そうして初見で、情報有での対応力を競う。互いに味方も協力者も無く、どちらが勝ってもそれが正当な結果である、と誰もが認める他ない対等な条件での決闘は成立してきた。


 彼女だけは最初から知っている。最初から埋め込まれている。最初から刻み込まれている。忘却はあり得ない。


 だから、彼女は、そうして、何度も、同じ光景を見さされている。


 歴代の王と同じように、以前の決闘のときの王自身と同じように、王は苦悩の表情を浮かべ、頭を項垂れ、何かに祈ろうとし、その資格は無い、と結んだ手を力無くほどき、ぶらり。 


 観客たちは、毎度のような阿鼻叫喚。だが、誰もが、結局、先への為、これまで積み重ねた犠牲の為、と、納得の上で、口を閉じる。


 しかし、今回は少しばかり違う。


 王はそれでも、再びまた、自身の掌を組んで祈りの姿勢を取ろうとするも、ほどき、また、諦められずに組み、まだ、ほどき、毎度の儀礼のような定型の感情ではない、王自身の心からの苦悩が滲み出ていた。


 挑戦者たる少年は、これまでと最も違う存在。他の挑戦者と違い、今更になって、死を意識して震え出しそれでもそれを隠そうと必死に繕ったり、命を捧げる献身に身を焦がし続けたり、何も知らないと理解を拒み全て夢だと戦いの場に変わらず羊として出ようとしたり、そんなものは微塵もなかった。見た全てを、まるで最初から分かっていたかのよう。まるでぶれない。微塵も揺るがない。見せられた記憶は、王の耄碌といった劣化や、次代への禅譲といった理由ない限りの、代を跨いでの王の不敗だというのに。全て悟り切ったような目で、こんなものはままごとに過ぎない、自身が勝ってそれで終わり。あっけなく終わり。そう、見下すようにこの場の全てを俯瞰しているかのよう。


 観客たちは、歴代初の、反逆者が挑戦者であることに、業を煮やし、それでも何とか耐えようと怒りの拳を抑え込むでいる。罵倒の言葉を紡ぎそうな自らの口をきつく閉じる。息を抑えに抑える。まるで怨のようなそれが、観客たちには今見えていない、しかし確実に、幻影の何処かに紛れている挑戦者たる少年へと向けられ、渦巻いている。


(私には権限があった。勝利の条件をより詳細に定める権限があった。私は、この先の結末を理不尽を防げた筈だった。私が怠ったからだ。私が誤ったからだ。結局はそこなの。そこさえ、しっかりできていれば、勝利は、結果は、正しく守られた。果ては、この都市のこの結末も、きっと無かった。……言おう。ちゃんと彼に。座曳に。隠さず、事の、顛末を。そうでないと、勝てる訳がない。今度の勝利は、正しく遂行される。だからこそ、勝たないと、それこそ、座曳の全てが、無為になる。私のせいで、無為になる……。それだけは、あっては、ならないのだから……。全て、純然たる座曳の、座曳だけの行動と意思の結果だけに、結末は左右されなくては、意味がないから……)






 海が、暗く、澱み始める。何処からともなく現れた黒雲が空を覆う。地平の果てまでそれは広がっていく。日はいつの間にか沈んでいたのかそれとも消えたのか。周囲が視認できているということは夜ではない。そもそも、空を黒雲が覆っている以上、月何ぞあっても見えはしない。


 王と挑戦者は、孤独に、自身の意志で、自身の力だけで、配置を決める。リソースの割り当てを決める。それはすなわち、運命の立ち位置を決めることに他ならない。


 二人がそれぞれ決め終わるまで、観客と彼女は唯、待つ。それでも観客は騒がない。先人の残した、毎度毎度のこの時の為の記録が、記憶が、景色が、光景が、彼らを虜にするから。彼女は例外。彼女だけは、唯、待たなければならない。彼女には一切の干渉は許されない。彼女だけは全てを見せられる。経験させられる。味あわされる。二人の盤面の配置が決まってゆく光景、その際の二人の想い、全て、彼女は見届けなくてはならない。忘れることなく、何もかも全て、ここでの過去の全てを彼女は背負わされるから。


 観客たちに伝えられたことは大まかに纏めると短い。映像や知覚といった補助があるにしても、結局のところ、彼らが平時から認識している事柄と大して変わらない。


 海を制する術、という、消すにはあまりに惜しい、人の不自由という渇望から始まった知恵と技術の結晶。


 時が変わったときに、それを活かせる流れが再び来たときに、正しく使うが為に。この場の者たちの祖先は、出来得る限りを尽くし記録してきた。それでも足りぬ、言語化できぬ繊細な技は、極意は、一度到達した発想は、今代まで引き継ぎ続けられてきた。


 だから、この儀式は彼らにとってこの上なく重要だ。彼らとその祖先の意義を問い直されることに他ならないから。

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