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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
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第百七十八話 閉じた環の罪人たち

 未だ、人の姿の皮を被ったままだったこの時の彼女は、払われた覆いの外に広がる光景を見ることとなった。これまでひた隠しに見ないでいた光景を。


(立ち合い続けていたにも関わらずこれまで目を背けてきたその儀式の光景を、初めて見たのがこの時。覆い越しでも問題は無かったから。儀式というだけあって、私がここに立つ意味も、形式的なものであって。ただそこにいるだけでよくて、()()を見る必要すら無かったのだから)


 場は静まり返っていた。


(儀式に使う道具は全て憶え込まされていたけれど、儀式に望む王と挑戦者、実際の場で使われようとしている道具、それどころか、儀式の場を実際にその目に映したことすら、私は初めてだったのだから)


 声援なんてない。罵倒なんてない。彼らは、唯、見ている。二人を。そこから起こる儀式の終止を。至る道筋と、訪れる結末を。


(だから私は、未だ、私の覆いを剥がした彼をこの時点では微塵も意識してなんていなかった。何も未だ、知らなかった。閉じていた目が、最も強い光に慣れるには、未だ時間が必要だった。見えてくるのは、自身を中心とした遠望。薄ぼけた絵のようなそれが、鮮明になっていくにつれて、)


 一様に、男女年齢関係無く同じ服装、同じ髪型をして、座った人々。それは、この儀式の日の為の装い。彼らが遺言と言う名の意思に繋がれた囚人であることを示しているかのよう。


 藍色一色。それは、深く昏い夜の海の色。スキンヘッドに、深く被ったベレー帽。セーラー服。スカートの下に、筒部分に空気感のある特に大腿辺りが少し膨らんだズボン。


 何より異様なのは、そんな服には、装飾の痕があるということ。


 痕。痕跡。つまり、今は彼らの服に装飾など存在していないということ。全て剥がされている。引き剥がされている。引き千切られている。打ち捨てられている。彼らの足元に。


 それらは、金色に光る残骸。装飾の付いていた、袖部、襟部、胸部、正面のボタンのラインの刺繍、そして、帽子前面の大きな錨の刺繍。そして、全てのボタン。


 それは象徴だ。彼らの祖先が自ら地位を捨て、遺すべきものを遺し続けるが為に、先に繋ぐ為に、自ら下ったということの。そして、剃り落とし、剥き出しになった頭皮。それは、罪人を意味する。


 力と責任あった彼らは、罪を罪と認め、たとえ手遅れであろうとも、できることをやろうとした。それが、子孫にも受け継がれていることの証明である。


 彼らの目は、儀式の中心たる二人の中間を見たまま、微塵も動かない。動く権利を持つのは、この、中央の二人だけだ。


「貴方は、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで、何からな何まで全て知った風な幼げな少年。そして、


()()()()()()


 彼は確かに、彼女の名前を、呼んだ。誰もが忘却してしまった筈の、彼女の、名前を。


(それが、私の記憶に残る、最も古い、彼の姿)






 これは儀式である。しかし、それと同時に、決闘でもある。


 決闘。つまり、負ければ、命を、失う。


 王が敗けたとすれば、王でなくなる。王であるが故の能の全てを失うが故に。能の一つに、半永久的な不老不死というものがあるが故に。


 王は、これまで一度も敗れたことはない。破れた王は、もう王ではない。全てを勝者に根こそぎ奪われ、死ぬ。


 挑む子供も、負ければ、失うのは全て。


 王への挑戦。その権利を振り翳したということは、簒奪を企てたと同義。ならば、差し出すは命。よって、その限りなく広がる未来を失う。その命は、王の偽りの永久を限りなく永遠とするが為の蒔としてくべられる。


 結果的に殺し合いであるという意味で決闘。しかしそれらは、この、互いを蒔とした贄の儀式の結果に過ぎない。


 誰が考えたか。誰が形にしたか。記録は、残っていない。王ですら、全てを知りはしない。だから、この都市の誰もが知りはしない。


 王に命を継ぎ足し続ける、人を半ば不老不死にし続けるそれは、掘り起こされた神秘だったのか、技術の極地だったのか。答えは、ずっと昔に、その痕跡は喪失された。成り立ちも仕組みも忘れ去られても、未だそれは焚べ続けられる。


 全ての子供たちがその権利を使って王に挑むなんてことは当然ない。そして、子供たちの敗北の末の死を、子供たち自身も、その両親も。この都市は、理想の王聖という矛盾が、綿々と紡がれることに同意する一人の王と賛同する民によって築かれたのだから。


 だから、挑んだ子は、敗れることをまず望まれ、次に、勝てば、栄光そのものに成ることを望まれる。王による恩赦など、無い。子による容赦など、無い。それはある種の名誉であり、至極の献身である。なればこそ、自身の子を焚べることすら、彼らは微塵も疑いも躊躇もない。寧ろ喜んで、そうあるように促す。


(私も、このときは未だ、彼らと一緒。……、厳密には違うのだけれど。彼らのそれとは違って、私のそれは諦念から来る無関心。そこには、まやかしの希望すら無かったのだから。私には、執着が無かった、とでも言うべきかしら。自身の命にすら。そして、自身だけでなく、周囲の何にも一切の興味は無かったのだから。それが、直前の、彼の行動で、実は変動し始めていたのだと、私は未だ、気付いていない)


 それでも、子供である間のみ一度だけのそんな権利が例外なく与えられているのは、王がいつか、"壊れる"ものだからだ。


 旧いものを変えるのは、いつだって新しいもの。大人では、駄目。大人に諭された子供でも、駄目。未だ幼げで無垢な子供が、大人の駒にすらならない程に、姦計を、悪意を、解さない年頃の子供たちが、その本能で直感で感じ、王を拒するとき、既に才が足りる、届き得て振るわれて、漸く叶う断罪。


 そういうものだ、と、一応は言い伝えられている。


(きっと、それは唯の建前だったのだと思う。綺麗な嘘だったのだと思う。生贄を捧げる。事実上そんな行為そのものであるこの儀式。子が勝つことなぞ、ある筈がないのだから。大人と子供。同じ条件を与えられて争えば、生きた時間という覆せない不平等がそのまま勝敗と成り果てる)


 そんな、虚飾された贄の論理。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 王と、息子。その対峙である、と知っているのは、王と、彼女。だけだった。だった、筈だった。しかし、違った。


「我が王。僕は、貴方に挑ませて頂きます。()()()()()()()()()()()()()


 他ならぬ彼が、確かにそう、言ったのだから。

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