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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー
233/493

第百七十四話 共の依存

 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、

 コッ、コッ、コッ、コッ、


 いつの間にか渇いていた二人の足音。長い坂も終わりが迫っていて、身の丈数倍程度の巨大なトンネル状の洞が大きく口を開けているのが見えてくる。


「漸くですか。」

「あの先の光景も、貴方が知っているそれと変わりはしないわ」

「違いはせいぜい、扉を五人一組で横に並んで私たちを変わらず通せんぼした彼らがいない、ということ位ですか」

「ええ。彼らもその代わりももういない。だから真正面から乗り込めるっていうのは、何とも皮肉よね」


 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、


 いつの間にか、彼女が足を止めて、数メートル後方で立ち止まっていたことに座曳は気付いて、


 コトリッ。


 足を止めて、振り返る。


「どうしたんです? 結」


 そうして、伺い見た彼女の顔からは、苦虫を噛み締めているかのような感じがその無表情の下から透けるように薄っすらと見え隠れしていた。だから、距離は詰めず、そのまま。動くことなく、ただ、見つめて、待つ。


「……」


 彼女は無言のまま歩き出して、


 コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コトッ。


「座曳」


 そう座曳の前に立って、見上げるようにぼそりとそう言って、


 ガシッ、ギュッ。


 座曳の右手を強く、左手で握り引いた。


 ズゥゥ。


 座曳は動揺して身構えてしまい、足を開くようにしてそれに抗う。振り払おうとしない時点でそれは半端な抵抗でしかない。顔には出ていない動揺の色が見てとれる。


(何です? 何なんです!? さっきから、浮き沈みが激し過ぎやしませんか……。もしや!)


 座曳は、彼女のずっと向こう、来た道、河の向こう、崖の上、自分たちが出てきた穴の方を見て、意識を集中させる。が、何も感じられない。


 追ってくる存在はやはりいない。感じられない。外で鍛えられた、こういう場面では決して外れない自身の感覚に微塵も引っ掛からない。


(どうして、ここに来て、立ち止まる、のですか? 進むべきは、この、今となっては遮る者無き、洞という形の門へ、でしょう)


 口にすれば、それで済みそうなのに、口にせず、抱え込むように、隠すように、心の中で終始させる。一度目の失敗の本質を、座曳は気付いていなかった。気付けないのだから、その一度目の失敗に学ぶこともできず、この有り様だった。


 スッ。


 突如、放された、手。


「っ!」


 後ろ向きに重心を倒すように踏ん張っていたが故に、座曳はバランスを崩し、尻餅を、――付かなかった。


 ガシッ。


「こっちよ」


 彼女は、再開の辺りに見せたのと同じような、冷たい顔で、無表情で、抑揚のない声でそう言って、再び座曳の右手首を掴み、背を向ける。


 コッコッコッコッコッコッ――


 踏ん張りなんてできる筈もない座曳を


 ズゥゥゥゥゥゥゥゥ――


 有無を言わさず引っ張ってゆく。彼女に対して、何か言える雰囲気ではとても無くなっていたから。


(あぁ……。何も、考えたく、ありません、ね……)


 カコッ、コッコッコッコッ――

 ズゥゥゥゥゥ――


 順路を逸れるように左へと曲がり、引っ張りながら早足で歩き出す。だから、そんな経路変更にも、何も言うことはできず、抗うことなく、座曳は引っ張られていった。






 コッコッコッコッ、カコッ。

 ズゥゥゥゥ、ゾソッ。


 彼女の足音と引き摺りが突如止まる。


 パッ。


 ふと、手を放される。


 どれだけの間引き摺られていたかなんて、分かりはしない。考えることを止めて、虚ろになっていたから。彼女の先ほど見せた、元のように心閉じるようなあの表情に、声。それは、座曳の思考を停止へとじわりと引き摺り下すに十分だったから。


「座曳。戻っていらっしゃいな。放棄するつもり、なの? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 その、心を無理やりこじ開けられて、痛みを捩じり込ませられるような氷で作った棘のような声と言葉に、座曳の朦朧と虚ろになっていた意識は、受けた鈍痛によって、浮かび上がる。


 そこは、延々と聳え立つ、この空間の外壁の一部。巨大なアーチ状の、岩肌の、行き止まり。


「行き止まり、ですか。それともまた、河への飛びこみ、ですか?」


 そう、視線を左に逸らし、崖になっているその外側と、数十メートル遥か下の遮るもののない河を、身を乗り出し、見る。


「大丈夫です、()()、手間は掛けさせませんよ」


 そう言いながら、徐々に、体をはみ出させて、前へ、前へ。彼女の答えを待っているようでいて、放っておけば、そのまま落ちてゆきそうな感じを漂わせている。


 全く大丈夫そうではない。


「そんなに飛び降りたかったら好きにしたらいいわ。構って欲しいのに、そうも言わず、本当っに、うじうじとじめじめと鬱々しい。めそめそしぃ」


 それは彼女も同様で、二人は薄皮一枚剥がれた下は酷く不安定で惨めったらしい。


(だからこそ、彼女から離れたというのに……結局、こうなって、いや、してしまったんですね、私が……。私は結局、何がしたいんでしょうか……)

(だからこそ、彼を引き留めなかったというのに……。未練がましいのは、どっちよ……、私、でしょう……。勝手に期待して、幻滅して、また期待して、幻滅して……)


 どうしようも、無かった……。






 共に無言で、見下ろす彼女と、見上げる彼。


 そうして、口を開く彼女。


「座曳。貴方は強制的に勝負の席につけられたも同然。私という錘によって。決定づけたのは、今こうやって、貴方の隣で生きてみせている私の存在そのものだけれども、貴方にのしかかる錘は未だあるの。そして、貴方は席につけられることは決定付けられているけれど、未だ、席にはついていない」


「……」


 座曳は、無言のまま、崖から乗り出した身を引いて、彼女の足元で、彼女を見上げる。


「他の全ての錘を、貴方は、勝負の前に知るか、勝負のそのときに知るか、勝負の後に知るか、選ぶことができるわ。()()()、どうしたい?」


 わざわざそう言った意味。座曳はそれを理解していた。もしここで合わなかったら――、また、お別れ。


(答えない、という、一度目と同じ過ちだけは、辞めて……おきましょう……。あぁ、どうか――)


「私は――」

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