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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第三章 ロード・メイカー

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第百七十三話 昨日さっき消えたかのような残滓の街を並び歩いて

「で、ですが。どうしてこうなった訳なのか、事の顛末を話してくれませんか? 結」

「結局、聞くのね」


 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、

 ピタッ、ピタッ、ピタッ、ピタッ、


「この街を抜けた先に待つものからして、必要ですから」

「結局、頑な、なのね貴方は」


 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、

 ピタッ、ピタッ、ピタッ、ピタッ、


 濡れた二つの足音は、同じ歩調で前へと進んでいく。真っ直ぐ、薄青い石の街を征く。中央を貫く大通りである坂を登った先を目指して。


「分かりきっているでしょう、そんなこと」

「ええ。()()()()()


 座曳は分かっている。逃げるでなければ対峙しなければならない相手は、きっと座して、待ち構えていると。だが、足りない。自身には事の顛末がまるで分かっていないから。それでは、どう足掻いても先手を取られると分かっている。全ては、隣にいる彼女次第、と。


「……。すみません……」


 自分一人で全てをひっくり返す力も無いにも関わらず、足りぬと至らぬと分かっていて、背負えぬ彼女を背負い半ば崩れている自身が、どうしようもなく、惨めで、情けなくて、……それすら、自分には贅沢だと、失った船員たちと船を思い浮かべ、気は沈む。


 紫晶は分かっている。自身のこの、彼へのささやかな抗いもきっと無為に終わるだろう、終わらせて貰えるだろうと。だが、それがだからこそ、やるせなく、辛い。


「いいのよ……別に。今更、でしょう。私たちは変わらずずっとこうだったのだから」


 彼はまだ加えて、傷つこうとしていて、それは他ならぬ自分の為だと分かるからこそ。何もかも、彼次第にしなくてはならない、委ねなければならない、未だ解けぬ呪いはいつになれば……、と、苦悩する。






 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、

 ピタッ、ピタッ、ピタッ、ピタッ、


 通りの建物を眺めながら二人は進む。


 濡れは乾かない。一定の高めの湿度を保ったこの場所では。風は吹かない。流れを作る人々の営みはそこにはもう無く、散乱する生活の痕跡。


 転がる果物は未だ腐っていない。林檎も、葡萄も、オレンジも。しかし、しなびれた野菜。こうなってから数日が経過したということが推測できる。


 だが、街は荒れている、という風でもない。どこかしこも壊されているなんてことはない。それどころか、どこも、打ち壊された、誰かが暴れた、そんな痕跡はない。


 生活していた人々が、唯、忽然と消えたかのような、そんな風な、妙な生活感の残り香のようなものが確かに残っている。


「原因は分かるようで分からないわ」


 無言状態から、先に口を開いたのは結・紫結晶。口にしたのは先ほどの返答。


「何ですかそれは? 謎掛けなんて、貴方の性ではないでしょうし……」


 座曳は、彼女のその言葉の選択に困惑した。まるで意図が見えないから。彼女の顔を凝視して見てもそこには答えは書いてなんていない。彼女は真顔でこちらを見返しているだけ。きょとんともしていない。自身は何一つぼかしすらしていない、とでも言わんばかり。


 なら、発言そのものの意味を考える他にない。


 時間を取ったにしては、あまりにふんわりし過ぎていて、要領を得ない。それに、このような答え方は、口にする意味がない。そう思えて、更に少し、考える。


 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、

 ピタッ、ピタッ、ピタッ、ピタッ、


「……」

「……」


 そう座曳は考えを巡らせている間も、結・紫晶は沈黙している。仄暗さが表情に浮かんでいる。不気味な間が続く。彼女はその意図を即座に分かって欲しかったらしい。座曳もそれが分かって、気持ちは沈む。


 分からないから。


 彼女の、河川に手を引いて飛びこませてきた辺りの表情や、行動。分かりそうで、分からない。やはり、少し、何か、足りない。


 だからこそ、読めない。それに未だ、気付けない。


 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、

 ピタッ、ピタッ、ピタッ、ピタッ、


 足音は依然と続く。


「んん」


 唸る座曳を結・紫晶は無表情で見つめる。座曳は考えにふける振りをしつつ、彼女の様子をうかがっていた。そうして座曳は、彼女のしつこいまでの誘導にやっと気づく。


(仄暗さは演出ですか。なら、どうしましょうか)


 暫く考え込んだ後、


 パシャリ。


(こうするとしましょうか)


 足を止める。


 ピトッ。


 結・紫晶も、足を止めた。彼の少し前で。そして振り向いて、


「答えは出たのかしら?」


 そう言った。後ろ手を組んで、首を傾けて。だが、当然、その髪は、硬くて、揺れない。不自然なまでに動かない。そうやって、ふと意識してしまうと、心は一気に、負に傾く。


(そうです……。私は、いつだって、気付いたらもう、遅い。もう、遠く、なんです……)


 しかし、踏み止まる。二度目の過ちなど御免だ、と。彼の心は痛みから、刻んでしまった傷から、学んだから。変質したから。


(ですが、未だ、今回は、詰んだ訳ではない。彼女は未だ、生きている。次の瞬間どうなるか分からなくても、未だ、確かに)


 変わっていないのは上辺。変わらないものなどない。現に、彼も彼女も、昔とは、違う。だが、昔と同じように、今は、並び立っている。なら、


(諦めるのは未だ先でいい)


 未だ折れるのは保留する。


 諦めるのは未だ早い、では無い辺りが、まさに座曳の考え方そのものだ。彼女の死を確信した直後の心の一瞬での崩壊と、彼女の生を確認した直後の心の一瞬での再生で垣間見えた彼の本質。それは、しなやかな柔軟性。それは、旅を経て、強まっていた。


「事実部分と推測部分を分けて教えて頂けますか? 貴方の発言が嘘偽りなく、そして何の捻りも無いものなのだったとするなら、貴方自身にも、上手く説明できない。そういうことでしょう。そして、素直に分からない、と言わない辺り、確定情報と不確定情報が混在している。そういうこと、でしょう? 何も、答えははいといいえの二色に分けられる訳では無いですしね」


 保険の駄目押し。彼女のそれがもしも、らしくなく謎解きだった場合への。


「それなら何とか」


 彼女はどうやらそう言うタイミングを待っていた、そう言わせてくれるのを心待ちにしていたようだったと、彼は彼女のその少し穏やかな感じの声を聞いて判断する。


 いつの間にか彼女の声が無機質で無くなっていることに彼は気付いているのだろうか。気付いて、そんなことを口にするのは粋じゃないと流しているのか。それか、そんなこと、あまりに自然だったから意識をすり抜けたのか。


 何れにせよ、それは彼と彼女の関係には些細なことでしかないのだろう。

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