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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
227/493

---055/XXX--- 進むが為に必要なもの

 スタッ!


 体を跳ねるように起こした少年は、すぐさまリールを揺すり起こす。両肩を持って、ゆする。


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。


「リールお姉ちゃん、起きて~」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。


「出入り口、見つかったでぇ~」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。


 その一言に、ぴくん。そして、リールは眠そうな声を出しながらゆっくりと目を半開きにして、


「んん……? 未だ早くない、ポンちゃぁ~ん、ふへへ~」


 そう言いながら目を閉じて、にまぁぁ、と笑う。


 ゆさっ、ギュッ。


 何だか寝ぼけて少年の腕に抱きついてそのまま、胸にその手を引っ張り当てつつ引き摺りこんで恐らく抱き枕にでもしようとしているらしいリールに対して少年は、


「何寝ぼけてるねんって! すぅぅ、起きてぇええええええええええええ!」


 そんな風に塩対応。


 リールのそれがわざとかどうかはは分からないが、あざとく、欲塗れた、ある意味逃避染みた行動を、少年は悪気も一切の理解もなく、素直にそう、ちょっと怒った。


 ビクンッ!


 そして、


「っ! ……。…………。………………。えっ、えっ! ……、……――」


 沈黙の後、カァァァ。真っ赤に染まっていくリール。どうやら今の一連の行為は作為無し、天然そのものだったということらしい。


 当然少年は意味を理解しないが、それでも、何だかそれを見ていると体が暖かくというより熱く、しかし嫌な感じじゃない、という未だ自身の理解できない感覚をちょっぴり感じていた。


(おっと、ぼけぇっとしとる暇ないな)


 すぐさま少年が気を取り直して


「リールお姉ちゃん。見えない出入り口、見つけたで」


 そう言い直すと、


「えっ? えっ、えっ?」


 未だ顔が赤いリールは、ちょっと目を赤く、恥ずかし涙で染めつつも、突然言われたその言葉にちょっと、展開についてけない、という感じの顔をして戸惑っていた。






「ってことやねんけど。どう、リールお姉ちゃん? 俺はこれしかないって思ってるけど」


「納得したわ、すごく。これならポンちゃんのいう通り全部説明付いちゃうわよね」


 少年がリールに説明を終えたことで、そうして二人は、やっとのことでそれに気づいた。ここは密室などではなかった。最初からずっと。道は、ずっと、開かれていたのだ。


 ()()、に。


「やろっ? シュトーレンさんは上から、連れ去られた。不意に」


 足跡らしき痕跡も何もないことも踏まえ、それこそが正に答えだと二人とも至っていた。


「確かに、これは気付けないわ。自分にできた影に重ねられるように背後から降りてこられて、掴まれ、口を塞がれて、突然上に連れ去られていったなら、シュトーレンでも流石に、何もできやしないわ」


 だが、それは、また一つ、二つと、不穏がばら撒かれたに等しい訳で……、そしてまた一つ、


「俺が言うのも何やけど、そうあっさり認めてしまってええんか……? シュトーレンさんが自らどっかいったって線は完全に消えたことになる訳やで、これ……。攫われたってことやんか……。また囚われたってことやんか……。状況一気に悪くなったってことやで……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少年のその最後の一言が一段と不穏な空気を掻き立てる。


(このままやと共倒れや……。シュトーレンさんの知識は確かに役に立つやろう。けどな、俺ら二人だけで守り切れる程の力量が無い以上、足出纏いにしかならへん……。いよいよ脱出へ王手掛けたってときにこそシュトーレンさんには期待できる訳で、それまでは兎に角、何が何でも、生き延びることがまず第一や)


 その最後の一言は、不意に零れてしまった少年の本心を如実に現していた。


(俺が死に掛けのとこ助けてくれたんも、リールお姉ちゃんの義手義足の域を越えた仮の手足与えてくれたんも、確かにありがたかった。お蔭で詰まなくて済んだ。けどな、そもそも、俺らがここにいることになったきっかけ、決め手は、シュトーレンさん自身や。借りを返してもらっただけ、って考え方もできる。……。嫌や……。こんな考え方、したくない……。村の大人らと、一緒やんか……。でも、今となっては、分かる……。分かってしまう……。こうでもせんと、俺は、自分の命どころか、リールお姉ちゃんすら、失ってしまう……。それだけは、何が、何でも……嫌、や……。ごめんなさい……。ごめんなさい…………。ごめんなさい………………)


 表情には出さなかったが、少年は、真に守りたいものの為に切り捨てる覚悟をしてしまっていた。


 ポン。


 優しくリールの両手が、少年の両肩に触れた。そして、


「いいえ、ポンちゃん。それは違うわ」


 リールはこれまでのどこか落ち着きのない感じと不安な感じなど捨て去るかのように、急に真面目な目つきをして、少年に力強く意思を込めてそう言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 こういうことを、言ってしまえるのがリールであって、


「せやな。じゃあ、ちょっくらやろっか。リールお姉ちゃん! さくっとシュトーレンさん助けて、ボロボロやけど俺らみんな生きて、地上に帰ったろ! 時間は掛かるけど、いける筈や!」






 コトコトコトコト――、コトリ、バサッ。

 コトコトコトコト――、コトリ、バサッ。


 二人は黙々と運ぶ。既に調べ終わっていた書類の山を運び出し、下ろす。平たい円柱状の部屋の中央に、次々と。


 コトコトコトコト、ズッ、スッ、コトコトコトコトコトコト――。

 コトコトコトコト、ズッ、スッ、コトコトコトコトコトコト――。


 もう二人とも何千往復もしている。元から体力お化けな二人からしたら、過程とゴールが明確なら、遠さなんて、気力の妨げにはなりはしない。


 途中で既に調べ終わっていた書類の山を全部持ち出し尽くしてしまったことが何度かあり、一旦書類調べをまたやったのだが、成果は無く、毎回、前回の倍量程度の確認済の書類の山ができ上がったところで二人はすぐさま隣の部屋への運び出しを再開し、バサリと集め置いて、


 コトコトコトコト、ズッ、スッ、コトコトコトコトコトコト――。

 コトコトコトコト、ズッ、スッ、コトコトコトコトコトコト――。

 コトコトコトコト――、コトリ、バサッ。

 コトコトコトコト――、コトリ、バサッ。


 最後。二人ともそれぞれ、単独でも上へ至れそうな位の高さまで、書類を摘み上げ切った。


「お疲れっ、リールお姉ちゃん!」

「ポンちゃんこそお疲れ! よくこんな方法思いついたわよね。思いついても弾いちゃいそうなものだけど、風が吹いてないここなら有効よね」


 と、二人はそう聳え立った書類の階段を眺めつつ、たたえ合う。そして、


「やねっ。で、どうする? そのまま行っちゃう? ちょっと休む?」


 少年がそう尋ねる。明るいテンションで。勿論分かった上で、である。


「行きましょ。だいぶ時間掛けちゃったしね。それに、こんなので疲れる私たちじゃ、ないでしょ!」


「しゃぁあああ! じゃ、行こかぁ! あ、俺先登ってええ?」


 少年はそう飛び跳ねながら、嬉しそうにそう言った。


 ニコリとリールが頷くと、少年は、


 ソロリ、ガッ、ソロリ、ガッ、ソロリソロリ、ガッガッ、ソロリソロリソロリ、ガッガッガッ、ガッ、トン、ガッ、トントン、トントントン――


 そろりとした足取りで登り始めて、ペースを上げてゆき、やがて、軽快に飛び跳ねるように、足元の紙片を揺らさずぐちゃらせず、段飛ばしに跳ね上がるように登り、


 ――トン、スタッ。


「しゃあ! リールお姉ちゃん。これ強度、揺らさんかったら十分あるから、焦らずゆっくりね!」


 そう、笑顔で手を振る。自分は軽快に素早く跳ね上がっておいて。それは、少年なりにリールを励ますために、リールの気を紛らわせる為にやったこと。


「ふふっ。行くわよっ!」


 スタッ、トン、トントントン、トントントントン――


 勿論リールも分かっている。そういうところはとても互いによく似ているから。

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