---053/XXX--- 矛盾密室
「……」
「……」
扉を潜った先。円形の広場のような部屋への入口すぐのところで、二人は沈黙して、つっ立っていた。
「……、おら、へん……」
そう、ぼそりと少年が呟くように言うと、
「エレベーターもこの階にあるままよ……。一人で何処か行ったってことは? でも、どうやって……。エレベーター、ここの結構音するわよね。扉開いてたし、動いたなら気付かない訳ない筈なのに……」
リールもそんな風に口を開いた。互いに顔を見合わせ、再び互いに辺りを見回す二人。その何処にもシュトーレンはいない。そして、何の痕跡も見当たらない……。
あるのは、この場所に入ってきたときに始末した魚人共の亡骸だけだ。
スタスタスタスタ――
「ポンちゃん、どこいくのっ?」
露骨に声に乗った不安。リールは唯少年が自身から離れて歩き出しただけでそのさまだった。一方少年は冷静だった。
「……。エレベーターじゃないっていうんやったら、」
スタスタ、スタリ。
ガコン、ゴォォ!
念の為エレベーターの扉を開けてみて、シュトーレンが、その床や天井から、強引に移動した可能性がないことを確認した。そして、リールの方を振り向いて、頭を捻り、考えを述べる。
スタリ、スタリ、スタリ、スタリ――
「これ、密室やんか……。どこ行ったんや……? そもそも、自らの意思でどっか行ったんか、それとも何かに連れていかれたのかすらはっきりせぇへん……。けど、」
「けど?」
「エレベーターの扉空いたら、魚人たちが待ち構えてたよね。ああいうことができるんやったら、やっぱり、連れていかれた、って見る方が確実なような気がすんねん……」
スタリ、スタリ、スタリ、スタリ――
少年はそう言いながら、頭を捻り考えながら、リールの方へ戻っていく。そんな少年の様子を見ていたら、リールにも少し落ち着きが戻ってきており、
「……。でも、あのシュトーレンがどうして何も痕跡を残さなかったのかしら……?」
そんな風に、少年の盲点を述べる。
スタリ、スタッ。
「らしくない、っていうんか? でも、俺にはシュトーレンさんがどんな人間かなんて分からんし、言っちゃ悪いけど、どうしてリールお姉ちゃんが、あの人をそんなにも信頼できてるんかが全く俺には分からへんねん」
「ポンちゃん。シュトーレンはね、一言で言うと、"戦略家"なのよ。見ているスケールがとっても広くて長いの」
リールのその説明は、本来それだけで相手に理解させるに十分な説明である。しかし、少年にとってはそうではない。
「? それで?」
家族以外とは疎遠な環境で育った少年には分かり得ない。船に乗って体験して、齧りつつも、理解には程遠い。何となく掴んでいるが、それは言語化できる形になってはいない。
「えっとね。簡単に言うと、"戦略家"っていうのは、物事を長い目で広い視野で見続けて判断する人っていうこと。例えば、船長とかも一応"戦略家"ね」
「う~ん。 うん? 大体分かった」
分かっていないことは明らかだった。だからリールは
「もぉ、ポンちゃん。分かってないでしょ? 分からなかったら、分からない、でいいのよ。それは何にも悪いことじゃない。寧ろ、そうやって、分からないままでいて、後でそれが大事になったときに困る方がずっとダメなの」
そんな感じに諭してみるが、如何せん、下手だった。それでも、リールは本気で、そして、純粋に少年のことを思ってそう言った。そういう気持ちは、言葉が下手であっても、しっかりと伝わるものだ。
「うん、リールお姉ちゃん、全く分からんわ」
とはいえ、少年がそんな風に、真顔でそう言ったのにはちょっとリールも堪えたのだった。
数十分後。
「っていうこと。伝わった、かしら……?」
頑張ったらしく、変に額に汗掻いて、ちょっと頑張って微笑みながらそう少年に尋ねたリールだが、声色にも、その、ぴくつく感じで微妙に維持できていない笑顔にも、不安の色が出ていた。
「リールお姉ちゃんは"戦術家"だもんね。近くは本当によく見てるけど、遠くまでは見れてない。後の得よりも目先を取るよね。そう考えたら、何か凄く分かりやすくなった。何考えてるか分からんってくらい、先を見てて、広い範囲を後のことを何個も何個も並べて考えてて、最後に大きくええ方に物事を運ばそうってするんが"戦略家"ってことやな」
「そうよ。そんな感じ。ふぅ~、よかったわ」
「戦略家が、遠くと広く沢山を見て考える人で、戦術家が、近くと一つや二つの狭くを絞って見て考える人ってことやってことやけど、それやったら、リールお姉ちゃん、抜けてるわ、説明」
「えっ?」
「シュトーレンさん。あの人戦術家兼戦略家やん」
「あっ……」
「でもそれなら、意味は通じるで。あの人が何も残さず消えるなんて流石におかしい。抵抗の後も痕跡も無い。それも俺らがすぐ傍にいるところでやで。連れ去られたんやったとするんやったら、何で、何も残ってないんや……? 抵抗できへんかったとでも? でも、どっちにしても、ここの出口、エレベーターしかないやん」
「ねぇ、ポンちゃん」
「ちょ、そんな暗い顔して改まらんとってよ! ちょっと怖かったで」
少年は自身が重い空気を作ってしまい、リールにそんな顔をさせてしまったのだと思い、そう茶化そうとしたのだが、リールの表情は変わらない。
「違うのよ。私たち、エレベーターでここに来てからずっと、間違っていたんじゃない?」
リールは少年のそんな魂胆を読んでいたかのようにそう、真剣な表情のまま答え、そして、
「入口が他にどこかにあるんだとしたら? あの埃っぽい部屋じゃなくて、この丸い部屋の何処かに。そう考えたら、色々全部、説明、付いちゃうんじゃないかしら……?」
核心に、迫る。




