---050/XXX--- わざとらしくも素の演出
にじり寄って、無言で凄んで、シュトーレンの首元を掴んで、ねじり上げようとする少年。それでもシュトーレンの態度は変わらない。自身も苛立ちに耐えつつも、そんな少年を抑え剥がすリール。
そこでやっと、
「そんな顔をせずとも、今度は説明するぞ。ざっとだがな。そろそろ奴の目も耳も回復する頃だろうと思ったのだよ」
シュトーレンが種明かしを始めた。
「私の奪った制御も、粗方奪われ返される頃合いかというのもあって、伏せさせて貰った。同じものは二つは持っていない。故に、こういう風な、一度限りの対抗策を事前に潰されてしまっては堪らんからな」
種明かしと言いつつ、少年たちにはまるで説明になっていない。監視カメラ。集音装置。レーザー投射機。そういった、失われた技術の話をしても、少年たちにそれを分からせるには時間が幾らあっても足りはしない。
「前も言ったが、奴、つまり、私の祖先は、この場自体を自身の体として保持している。目の役割、耳の役割。そういった各部位の役割を、この場所の設備で賄っている、という仕組みだ。それも、人のように、目は二つ、と制限がある訳でもない。際限なく、限りない。体が大き過ぎること、目も耳も、特定範囲の狭い箇所しか見て聞けぬが。それでも脅威。分かるだろう?」
だから、そんな感じで、説明を圧縮してみせた。
「そんなことよりも…―」
「そんなことよりも、魚人たちの反応をどうして装置で拾えなかったのか、ということだろう? 分かっているとも」
遮られ、言うことを取られてた少年は、無言になりふてくされる。
「……」
相手しないで受け流すことのできない少年にリールが助け船を出す。
「シュトーレン、そうやって、『私は元気一杯だ』アピールなんてしなくてもいいのよ。それ、やめて。ホントにやめて。私たち疲れるだけだからそれ。もう分かったから……」
それはシュトーレンの抗議の体を取っていた。
「そうか。ならいい。魚人たちの反応だが、これは恐らく、我が祖先が指示を出している。つまり、統率しているからだ。今ので分かったと思うが、魚人たちの知能。それは、確かに他の粗方の生物と比べると高いが、人換算だとせいぜい、その辺の無知で無垢な幼な子供程度でしかない」
シュトーレンは相変わらず悪びれない。目を覚ます前までと後までの違いに少年は困惑し、リールはとても、らしい、と思いつつも、ずっとネガティブでいられるよりはましかと思う。
「だが、それでいて、本能的なところ、体の何となくの制御の仕方などは、高いレベルで習得している。恐らくは、我が祖先が仕込んだのだろう。やがて来るいつか、に向けて。そしてそれは、今このときな訳だ」
動かなくなった魚人の手を指差してシュトーレンは続ける。
「魚人たちは、数々の技術技能を身に付けさせられていて、徒党を組んでの連携、通信機器にも引っ掛からない精度の気配消し。初見でなければそれなりに罠を見抜く。最低源これだけの技術技能は持っている、ということだ」
依然動かない魚人たちを順番に指差す。そして、
「こいつらは兵隊。駒だ。目の前のことと、指示されたこと以外、考えない。この場にちりばめられた目と耳から我が先祖が判断し、命令を下す。そういう方式を取っている。そうでなければ、基本果敢、攻められれば命大事に。大体そういうところだろう。さて、これで説明にはなったかな? ポン君。リール」
そう言い終えたところで、
バタッ、バタッ、バタッ、――、バタッ。
動かなくなっていた魚人たちが次々と倒れ出した。そして、ぴくりともしない。起き上がる気配はない。
「先ほどの缶の中身は、無味無臭無色透明の、静かに安楽に自害するが為の品、という訳だ。一瞬で吸った者の肺に浸透しつつも、空気中では数秒足らずで無意味となる、緩やかに死へと運ぶ、自力では解除不能の毒。停止の病状が出なかった時点で、君らがその毒に侵されている可能性は皆無だ。私のような立場の者にはどうしても必要になるものでね。だが、こんな風に物は使いような訳だ」
シュトーレンは相変わらず悪びれない。
「……」
「……」
少年とリールは険しい顔をして俯いて、無言のまま……。だが、きっと二人の内心は違っている。
(気でも狂ったんかいな……)
(……。そんなにも死ぬことを恐れているのに、それでもやめるつもりは、無いのね……。ほんと、変わらない……)
「ふはは、どうだ? 安心しただろう?」
倒れた魚人たちはもう、起き上がってくることはなかった。
コトリ、コトリ、コトリ、コトリ――
カツ、カツ、カツ、カツ――
コトン、コトン、コトン、コトン――
三人は、その灰色の部屋の扉の前へと進み、
「さて、探すとしようか。この施設の中心を」
シュトーレンが、
ギィィ。
扉を開ける。それと同時に、
ブゥアァァンンンン――
大量の埃が扉の先から舞ってきた。前はまともに見えない。
「ゲホゲホゲホッ、ゲホゲホゲホゲホッ――」
「ゲホゲホ、何やこれ、ゲホゲホゲホゲホッ、煙たっ、ゲホゲホゲホッ」
「ゲホゲホ、目ぇ、痛いわ、ゲホゲホゲホッ――」
シュトーレンはまともにその埃を浴びて、酷く咽せ、後ろの少年とリールも、それをかなりの量吸ってしまったようで咽せながら不満を口にした。
そして、それが収まると、
「真っ暗、何だか埃すごいわ……」
「紙と箱の、山……?」
「ポンちゃん見えるの?」
「手前の方だけやけどな。で、シュトーレンさん、ここ、何なんや?」
と、未だ前で咽せているシュトーレンにそれが収まるのを待つことなく少年がぶしつけに尋ねると、シュトーレンは咽せつつも、少年に回りくどく説明し始める。
「ゲホゲホッ、そうだろうそうだろう。ゲホゲホゲホッ、ここは、暗室。そして、大量の紙。箱の中身も恐らくそれだとして、ゲホゲホゲホッ、ゲホゲホゲホゲホッ―…」
余りに酷かったので遮られ、
「何やらの資料とか記録とかを集めた場所ってことやろ……? シュトーレンさんもうええで。ちょっと下がって休んどきぃな」
少年から暇を言い渡されると、シュトーレンは素直にそれに応じ、その埃臭い部屋から出て、部屋の中央まで歩いていき、座り込んで、少年たちの方を見ているのだった。




