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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
219/493

---047/XXX--- 切開、膿出す懺悔

「うぅ、ぐぅ……、では、私は、眠ると……しよう……暫し……頼…―」


 白い布が血だらけに染まった手術台。肉の断片と散らばる数本の、刃物。無作為に散らばる、糸。その中央。血と汗の湿地の中、横たわり、泥のように眠り始めたシュトーレン。


 スタリ、スタリ、スタリ――

 スタリ、スタリ、スタリ――


 それぞれ、部屋の側面の横穴、部屋に本来一つしかない正規の出入り口である扉の前に立ってシュトーレンに背を向けて構えていた少年とリールが、物音を立てないように、真ん中、シュトーレンのすぐ傍まで集まってきた。


 貫いてきた穴からも、部屋の扉からも魚人たちの蠢く気配はない。つまり、ここでは襲撃はない。つまり、何処かの地点で待ち構えられている、重要な何処かを抑えられている、それか今は唯泳がせているだけか、何れにせよ、今は暫し静かな時間が流れそうであることだけは確かだと二人は判断していた。


 シュトーレンはもっと早くにそういう結論を出していたのだろう。


「やっとかぁ。後は、上手くいったかどうか、かぁ」

「……。そうね」


 ひそひそ声で話す二人。


 そう、いびきも禄に立てずとも、大きく深く息をして眠っているらしいシュトーレンを見下ろす。青白い顔色だ。それは、先ほどまでの瀕死のときよりも死に近いようにも見えるが、徐々に、その顔に色が戻りつつ、脂汗と傷口から滲み、雫程度に零れる赤い血が、どうやら、成功には違いないが、それなりの時間の休息が必要そうで、その上、目が覚めても数日どころか数週間は確実に動けないような感じであり、


「けど、どうするんやろうなぁ……」

「彼は嘘をつかないわよ。できないことをできるとは言わない。それに、予想はつくわ。これとこれ。見て」


 リールが少年の前にすっと向けたのは、自身の右足と左腕。血管の走っていない、傷がついているのに、血も出ていないその、偽りの皮膚。


「?」


 ドクン。


「……」


 少年の鼓動は、鈍く、響く。


 「? ……」


 知ってる。言い逃れは、できない。それは、現実だ。


「………………」


 少年は、リールのそれが、芯まで偽物であると、知っている。それは確かに喪われた。それは確かに喰い千切られた。それは確かに…―


「うぅぁぁ……」


 小さく、舌足らずな、声。言葉にならないそれは、叫びですらない。嘆きですら、ない。口から漏れた、心軋み、押し潰されてゆく断末の音だ。


「夢……ちゃう、かったんや……。そうやんな、そんなに現実は甘ないわな……。あぁ、そういうこと、か……」


 それが夢でなく現実で、そう都合良く見えているのが、まやかし、唯の繕い、そうだと分かれば、シュトーレンが傷を見掛け的にも、機能的にも、精神的にもごまかす術はたしかに、ここであればいくらでもある。


 使い方を知らない自分とリールと違い、シュトーレンはそれらについて、どれほどかは分からないが、そういった、欠損という不可逆の損失を繕うくらいはできてしまう。


 それが夢であるなんて、微塵でも思うことは、紛れもない逃避だ。少年がそれに気づかなかったのはそれもまた、逃避の故。ずっと昔から、そう。分かるだけの頭はある。知恵も知識も経験も。それでも無意識に理解を後にして、結局、受け流すこともできず、しかし、受け、背負ってしまう。そして、後で分かる。分かれば、認識すればもう、忘れられはしない。


 そうやって、枷を積み重ねてきた。


 そこで、潰れられるようなら、少年はもうこれまでの生の旅路で死に絶えている。ここで潰れられないからこそ、生きながらえ、こうやって、取り返しのつかない愚を受ける。潰れることなく、受けてしまう。受け流せてなんて決してない。先送りにしているだけ。そして、その負債が押し寄せるタイミングは自身では選べない。


「……。巨大なミミズのようなものが中で何本も蠢く透明な筒みたいな私の義手と義足。この下に。走ってるの、蠢いてるの。怖い。とても、怖いの。……」


 震え始める。でも、やめない。リールは、やめない。リールがこんなことをするのは当然、わざと。リールはこれまでの誰よりも少年のことを見ている。少年の父や母、祖父や祖母よりも、ずっと深く、その性質に至るまで、見ている。


 そして、それは、リールにとっても同じ。


 何も言わないまま少年は俯いて、目が焦点合わずぶれにぶれる感じで、それはまるで今の少年自身の動揺を現しているかのよう。


「でもね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」


 




「……。お……れ……?」


 少年はそう、今にも消え入りそうな声でリールに聞き返す。


「そう。ポンちゃん。ポンちゃんの、身体……。何で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」


 返事は返らない。


 ガギュッ! ミシミシミシ――


「痛いよ、ポンちゃん……」


 リールは、懐に飛びこんできて、腰周りを腕で締めつけ、音を上げる体の痛み以上に心の痛みを感じて、


 ギュゥゥゥゥ。 ミシミシメキッ――


 同じように、力込めて抱きしめる。背を曲げる。立ったまま抱きついている少年に上から覆い被さるように。


「……」

「……」


 二人とも何も言わない。


 やがて、聞こえてくるすすり泣く声。互いの、惨めな声。


 そうして、迷いつつも、結局最後まで口にすることを選んで、そして、そうなると分かっていたのに、互いに傷ついて、ぼろぼろになって、崩れ、抱き合って、周りなんて気にせず、惨めに、泣く。


 互いに凭れ掛かって、凍える心に少しでも温もりをと、互いの熱で暖を取る、不毛に肌寄せる、傍に聞こえる鼓動。しかし、そんなに近く触れ合っていても、その澱みは、未だ、消えない。


 だからこれは、何処までいっても、緩和の為の―…二人共それを分かっている。


 膿は流れ出ても、心の底から絶え間なく沸き上がってくるそれは、消えはせず、二人は唯、果て無く泣き続ける。それは間に合わせの対処療法。一時的な緩和にしか、せいぜい、ならない。今崩れないが為の愚かな先伸ばし。


 これはそんな、共の――依存。

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