---046/XXX--- 関門はエレベーター 後編
スゥゥゥ――ゴゥン!
止まったエレベーター。そこは、手術室のある階。
ギィィ、ガコン!
開いた扉。そして、
「っ、外にはおらへん! やけど、おる!」
少年がそう声を上げる。感知している気配。だが、微塵も姿は見当たらず、空気の流れに、何者かの動きなどは感じていない。
「こっちもいないわ」
リールもそう言って、
ストンッ。
降りてきた。
「なら、決まっている。ゲホッ、いるのだ。情報量が圧倒的に少ない私たちが信じるべきは、最終的にはその、勘なのだから。そして、それを元に考えよ」
シュトーレンがそう、壁にもたれたまま言うのを聞いて、二人はそのまま足を外へと踏み出そうとしたのを辞める。
「フフッ。どうやら予想の範疇を出てはいないらしい」
それを見てシュトーレンが笑いを浮かべた。そして、
「リール。ポンくんにアレを私の代わりに返してくれたまえ」
そう言うと、リールが懐から出してきたのは、
「ええ。はい、ポンちゃん」
少年に委ねられた筈の、通信機器だった。
「外との通信はできないが、こういう場合、使いようがあるだろう? それに少しばかり手も加えておいた。地形と敵の像が見えるようにしておいた。っ、ゲホゲホゲホッ」
少年は受け取ったそれのスイッチを入れる。
カチッ、ブオン。
小さな音と共に、画面が光り、現れた赤い光の点。少年が見ているそれを覗き込むようにリールも見て、二人そうして、凝視する。
それは、通路左右。床と天井。計4体。体長が数メートルは越す、巨大な何か。大きさや形は同じ。まるでそれらは――
「ウツボやな」
「ウツボかしら」
そして顔を見合わせて、
「何でもアリなんやな」
「何でもアリなのね」
そう同時に言った。エレベーターから出て直後には何もない、そんな待ち伏せ。気配も薄く、少年でもなければ気付きはしなかった。が、機械はそれをはっきりと検知していて、その姿も分かった。
なら、二人が焦る要素などない。機械には、この辺りには他の敵影は無かった。手術室までの経路を確認でき、手術室の道中にも手術室の中にも何も待ち構えていないことを確認していたのだから。
「と、いうことだ。ゲホゲホゲホッ、それは一応私が持っておきたい。ここを出るまでは。済まないが渡して貰えるかな?」
シュトーレンがそうまた無理に口をきいたので、少年たちは、分かったから安静にしとけと言わんばかりに、それをすぐさまシュトーレンに渡して、
「相手にしたないな」
「同感」
「では、上から征こうか。エレベータ上、左部の壁。そこをぶち抜いて欲しい。そうすれば、通気口越しに、手術室まで直行できる。おまけに、外の通路の配線配管とは繋がっていないから、襲われる心配もない。あれらは待ち伏せしかできない。そういう、魚人だ。君らの言う通り、ウツボの、な」
リールが先行し、上へ。少年は念の為、エレベータの外に出て、動きがないかの警戒と、あればそれを阻止する為に待機。
ガコン、バコン、
壁を破壊し始める。
物音に反応するなら、エレベーターが降りてきた時点で反応がないとおかしい。それがないなら、こういうことは問題ないということだから少年の待機は過剰ではあるのだが。
シュトーレンがそうさせたのには理由がある。
ブゥオン。
シュトーレンは手にした機器の電源を入れ直す。
(あの機械は自身の周りを感知するもの。周りというのは、自身から離れて手の届かない範囲辺りからを差す。だからこそ、隠し通せたが、未だ、二人に知らせるには、二人が知るには、この事実は早過ぎる。重過ぎる。せめて、外に出てからだ)
二人の背後でそれを弄るシュトーレン。その画面をどうあっても二人に見せる訳にはいかなかったから。 画面には、少年自身の腹部と、リール自体の右足と左手の位置に赤い点を示していたのだから。この道具が示す赤い点。その意味。シュトーレンはそれを把握していた。
(たとえ私が共に脱出生還はかなわずとも、この機械に仕込んだメッセージが二人に伝えてくれるのだから、問題は、無い。だが、できれば、生き延びたいものだ。そうせねば、二人に背負わせた業を拭う術は限りなく神頼みになってしまうのだから)
ブゥオン。
電源を落とす。少年やリールに気付かれないようにするために。
(この道具がこの二人向けでないからこそ、今まで気づかれずにいて、ここにいる間は隠し通すことくらいはできるだろう。それ位は、やらねば。今見るべきは、一日先の未来ではなく、一時間先の生存なのだから)
それを懐にしっかりと仕舞い込んだ。




