---043/XXX--- それは捨てられぬ重荷
声が、響いた。
「フォッフォッフォッフォッフォ。すぐさま続けて二度も、過つ訳もなかろうが。じゃが、お主らは違うようじゃの」
それは、あのおじいさんの、声。だいぶ人寄りではあるが、肉声というには周囲によく響き渡り過ぎている。
スタタタタタ――
スタタタタタ――
二人は足を止めず、走り続ける。耳なんて貸しはしない。
ギヨォォォォォォオオオオオ――
ゲリョリョリョリョリョリョロ――
ブジャジャグタデデデデ――
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ギシャァアアアアア――
ブルラララララララ――
モォアンモォアン――
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
「気にせず、走り続けろ。もう少しで、外の制御にも手が届きそうだ。それまで、逃げて時間を稼ぎ切って欲しい」
そう、シュトーレンの声が後ろから聞こえてきた。本来の肉声よりもだいぶ無機質である筈のその声が、シュトーレンそのもののような声にはっきり聞こえるのは、少年やリールの、知っていることによる補正か、それとも、シュトーレンが意図してそのようにしているのか。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
通路の割と奥の方まで反射してくる強い青光と、悲鳴か鳴き声か断末魔であろう魚人たちの声と、散らされてゆく音。
シュトーレンは十全に仕事をしている。つまり、後追いはされない。前だけ警戒していればいい。打ち漏らしがあっても、シュトーレンが知らせてくれるだろうし、来ると分かっていて、相手が十全に回避行動を取れないこの狭い通路であれば、どうとでもできる、と二人は思っていたのだから。だが、
「ほうほう。引き続き足掻くと、のぉ」
響く、どんどん無機質になっていく老人の声。少年たちはそれが虚仮脅しに過ぎないと思っている。この老人の傾向が、話に付き合う程、こちらを不利にしてくる、基本的に何だかの手を下す為の時間稼ぎに終始働いているから。
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
「なら、一つ、重荷を加えてやろうではないか。何がよいかのぉ」
相変わらず、老人の声は、二人にとって、不快なBGM程度のものでしかない。
スタタタタタ――
スタタタタタ――
「リールお姉ちゃん、交代。俺がシュトーレンさんの体持って後ろ回るから。よう考えたら、いや、考えんとも、俺、道こんな分かれとったら分からんわ。しかもこれ、どの道にも何匹か待ち伏せしてるっぽいで、ってことで頼むわ」
スタタタタタ――
スタタタタタ――
二人は立ち止まらず。リールが速度を落とし、少年が追いついてきたところで、背負ったシュトーレンの体を持つのを交代する。
「こっちこそ、はい、お願い」
「ま、俺の方が体力も腕力もあるから、これがベストやろ? 俺には、リールお姉ちゃんみたいな、正面から突っ込む胆力はちょっとないかんなぁ」
「はいはい。そういうのは後で、ね。ポンちゃん、今は兎に角目の前だけを、ほんと近くだけを考えて」
そして、何だか途切れたと思っていたら、再び聞こえてきた老人の声。それは最初に聞いたときの声に更に近く無機質寄りになっていて、
「ほぉ、ほぉほぉ、お主ら、丁度良いものを持っておるではないか。では、それにしよう。それは、お主らにとって、捨てられぬ重荷。せいぜい、足掻き、背負うがよい。フッフォッフォッフォッフォ、フッフォッフォッフォッフォ!」
少年、
ドクンッ!
気付く。レーザー音が止んでいることと、そして、今確かに感じた、その鼓動。そして、背に密着して現れた、その気配。少年は事態の急転悪化の一に、二に、三に、気付いてしまったから……。
「ふ……ふざけるなぁあああああ! 何やこれ、何なんや、これはぁああああああああ!」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、
「詰み、じゃ。本腰を入れるとこんなもんかのぉ。あっけないものじゃ。まぁ、痛み分け、というところかのぉ。フォッフォッフォッフォッフォ!」
シュトーレン・マークス・モラー。その魂が、あの老人によって、戻された。それが、一。そして、
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ドチャッ、ウウウ――
これが、レーザーを、制御を奪われたという、二。そして、リールの前方から、下から上へ振り上げながら真っ直ぐ進んでくるような青光。そんな、三。
「リールお姉ちゃぁあああああんんんんんんん、避けぇてぇえええええええええええええええええ――」
少年は叫び、リールが一瞬振り向きすぐさま前を向いて、それを、目にした。
それは、リールと対峙しようと向かってきていた人間の子供くらいに小柄なな鰯魚人を縦に真っ二つにして、リールへと、迫る……!




