---042/XXX--- 再臨の故人共、命、異形に乗せて
ザッザッザッザッ――
響いた、足並み揃った足音は徐々に大きく、近づいてきて、そして、
「グギャザァァ!」
ひしゃげた汚く濁った声が、大きく響き渡る。それと同時に、足音は止まって、
ドトンッ、ニュチュッ、ニュチュッ、ニュチュッ。
「……」
「……」
「……」
少年、リール、浮遊するシュトーレンの投影された顔、揃ってそれを見て、沈黙した。それは、
「よくもやってくれたものじゃ」
秋刀魚魚人の顔面部分に、先ほどまでホログラムだった老人の顔が両端を引っ張ってぐいん、と張り付けられたような感じで、その声の感じも、少年やリール、シュトーレンが耳にした通りのもので、
「あそこの儂の体、返して貰うとしようかのぉ」
どうしようもなく、本人に違いなかった。というのに、三人がその顔を引き攣らせて無言であるというのは、ひとえにその気持ち悪さからである。
何だか、少しばかり腐りかけの魚の臭いがし、歪に体の一部が不規則にボコボコと膨らんでおり、こうやってこの場で三人に姿を見せる直前まで、何やらの手段で、海水をその身に浸していたらしいことが明らかで、垂れる水からは生臭さに混じって磯の臭いがしていたから。
そして、
「臭い"い"。息までそれかいなぁ……」
顔をしかめて、鼻を塞いでそう言ったのは少年。
「ほぅ、随分余裕じゃのぅ」
「だって、実際そうやからなぁ。あんたが、そうやって姿を見せてくれたってことは、一番大きい不安要素が消えるちゅうことやからさぁ」
「おっと、私の体は未だ、そこに置いて置いて貰おうか」
振り向いたシュトーレンの頭のホログラム。背後壁面にある自身の体を持ち去ろう忍び足で迫っていた二体の魚人、そして、通路の先にいたそれより更に沢山の魚人たちを、
ブゥゥゥウウウ――、ボトン、ボトン、――ボトン、ドチャッ、ドチャッ、――ドチャッ。
この部屋備え付きの装置を制御して放った青い光の糸のように細いレーザーの同時の二閃で切断してみせた。
「そういうこと、っ、ゲホゲホ、って、ほんと臭いわねこの人」
そう、リールも喋りながらも途中咽る。
「な、何故じゃ……」
ベトリ、ベタリ、
後ろに一歩、二歩と後ずさりしながら、少年たちの微塵も動じていない様子に気圧されていた。
「分かっておるのじゃろう……? 儂が指示を飛ばせば、前後通路に控えた改造種共がお前たちに一斉に襲い掛かるのじゃぞ……? 圧倒的な物量には、成すすべもない。たとえそこの我が子孫が、意外にも儂のお古を容易く遣いこなしてあることを踏まえても、お主らにはもう、先は無い筈じゃ」
何故、少年たちがそんなに自信に満ち溢れた顔でいて、どうして今、ひざまずいて、絶望に浸っていないのか、と。
ベトリ、ベタリ、
自身が仕返しからの、女へは与えた手足の再びの損傷、子孫には肉体の再びの略奪、少年には最初魚人たちに指示してやらせたのと同じ個所に再び動けなくなるだろうだけの貫き傷。全て、失敗した。
ベトリ、ベタリ、
だから、仕返しからの最低限の愉悦すらままならず、寧ろ逆に、自身の時代に溢れていた、知性乏しい、若さだけの群れる愚かな若者たちが言いそうな言葉を向けられ、苛立ちを募らせて、どんどんその顔に皺を寄せていこうとしたところで、
ベチャッ。
踏みとどまる。そして今度は、前へ、
ベトリ、ベタリ、ベトリ、ベタリ、ベトリ、ベタリ、
あっという間に、また少年たちの前へ。そして、凄んだ。
「なのに、だというのに、何故容易く抗い、容易くそう勝つ気で、生きていられる気でおるんじゃ。……」
そして、今度は、沈黙し、体をうずくめて、震える。
「……」
「……」
「……」
三人は白い目でそれを見て、沈黙している。
ブツッ、ブツリ。
体に浮かび上がる、筋の数々は、まるで人の表情筋の青筋のようでもあり、
ブツリブツリブツリッ、スゥゥン、
ピタリ。
急に筋が引き、震えが止まる。顔を起こし、その老人の顔をした魚人は、少年に顔を近づけるようにしながら、言った。
「許さぬ。許さぬ、許さぬ、許さぬ。許さぬ! フォフォ、フッ、フォフォフォフォフォ。なら、お主たちが、今最も嫌がるであろうことを、やってやろうではないか、のぉ。フォッフォッフォッホッフォッ、フッフォッフォッフォッフォッフォッフォッ、ぬぅぅ、ビチブチブチチチ、バチャクルゥッ、ブシャァアアアアアアアア――」
ブシャァアアアアアアアアアアアアア――、メチョッ、ボチョンッ!
その、おじいさんが宿っていた人面の秋刀魚魚人は、舌を噛み切って、自害した。
「っ、しまったぁあああああああ――!」
一気に青ざめながらそう叫んだ少年、そして、少年から数拍子遅ばせながら気付いたシュトーレンとリール。
「っ、に、逃げるわよ。シュトーレン後お願いっっ!」
「任せておきたまえ。が、身体の保護を頼もう」
「えぇ。言われなくとも」
今度は少年でなく、リールが壁に寝かせたシュトーレンの抜け殻を肩に背負うように持ち上げ、
「リールお姉ちゃん早くぅううう――」
少年がそう叫んだところで、先ほどおじいさん人面の魚人が来た方向から聞こえたのは、
ギヨォォォォォォオオオオオ――
ゲリョリョリョリョリョリョロ――
ブジャジャグタデデデデ――
キシャァァァァ――
ギリリリリリゲリリリリリイ――
・
・
・
ブゥオオッジャァァァァアアアアアアアア――
多種多様大量の魚人たちの叫び声。




