第二十話 船長の帰還と旅立ち
「あ~~、よく寝たわ。あれ、ここどこだ。俺死んでないのか。生きてるのか。」
目を覚ます船長。まるで何事もなかったような決まり文句から始まり、次に自身の生死を気にする。普通逆だろうと、見守っていた船員たちはその第一声に大笑いする。周囲はもうすっかり明るくなっている。もう昼であった。
「お前ら、どうなったんだ、あれから。まあ、様子見たとこ、問題なく片付いたようだな。やるぜえ、さすがお前たちだ。」
「今回指揮を執ったのは誰だ? 相手がコロニーピラニアの大群だったんだから、俺以外の誰かが仕切ってうまいことやったんだろ。」
ガッツポーズを決める茶髪眼鏡。
「お前かあ。ダメガネ。お前もたまにはやるなあ。褒めてやるよ。」
笑い声を上げる周囲。照れくさそうに頭を掻く座曳。
「で、ボウズはどうしたよ? あいつのことだからなんかすごい活躍したんだろ? なんかいないみたいだがどっしたの?」
ひょうきんとした顔で船長は周りを見渡す。気まずい顔が並ぶ。
『あれ、俺なんかまずいこと言ったかあ? あいつがケガするなんて考えられねえし、ケガしたんだとしたら、この近くのベットにいないのはおかしい。』
船長のいる部屋はベット室。100程の、大量のベットが並んでいる。もしものもしものときの備えとして、ドクターが設置しているものらしい。
誰も何も言わない中、ルーが前へ出て、
「彼は今、一人になりたいみたいですよ。いろいろ考えることがあるみたいでしたし。それより、彼はですね、巣を発見したり、一騎打ちで群れのボスを一刀両断したり、大活躍でしたよ。だから、そんな心配せずに待ってましょうよ。彼が一番あなたのこと心配してたんですよ。」
船長を宥める。
「まあいっか。そのうちこっち来るだろうし。」
船長はただ一人笑う。周囲は苦笑を浮かべるのみ。
『居ないのはボウズとリールの二人だけ。じゃあ、大丈夫か。ちゃんとついててやるヤツがいるならな。』
「お前ら、しゃっきっとしろやあ。勝ったんだろ、大した被害も出さずによ。誇れ。なっ。で、切り替えろ。次の目的地、阿蘇山島へ向かう準備を始めろ。全員解散ぁん!」
西の海岸。日の強さからして朝頃だろうかと、少年は目を覚ます。リールはまだ少年にがっしりと抱きついているままである。
「むにゃむにゃ。ポンくん、大丈夫だからね、私がいるから、ほのほにょ。」
寝言。寝顔。後ろを向いて覗き込み、少年は安心する。
そして、
「ありがとうな、リールお姉ちゃん。」
耳元で囁く。
もう暫くこうしておこう。リールお姉ちゃんが目を覚ますその時まで。安らいだ少年は目を閉じて、後ろへもたれ掛かるのだった。
「―ん、―ンくん。」
「――て、ポ――ん。」
『何か聞こえてくるなあ。耳元に優しく囁く声と吹きかかる吐息。心地ええわあ。ずっとこのままでいたい。』
少年はまどろみながらそう強く思う。
「ねえったら、ポンくん!」
肩を持たれて揺すられた少年は目を覚ます。
『ねむい。』
「起きたのね。おはよう、ポンくん。たぶんもうお昼だけどね。」
優しく微笑みかけるリール。
「もう大丈夫。ありがとうね、リールお姉ちゃん。」
少年の心に引っかかったものは取れた。自然な笑顔で、撫でるような声で、しかし、甘えるようにも聞こえる声でそう言う少年。リールにはそう聞こえたのだ。
二人は立ち上がり、並んで門へと、町へと駆けていく。
港。船員たちと町の人々とドクターがそこに一同に会している。
「あんたたちのおかげで助かったよ。」
「いやいや、これくらいどうってことねえって。」
「見ず知らずのワシらのためにありがとうございました。」
「いえいえ、私たち自身のためでもありましたから!」
「寂しくなるな、白い町の兄弟。」
「そうだな、海の兄弟よ。」
船員と町の人々はすっかり打ち解けていた。中には、兄弟と呼び合うような人たちまでいる始末。
「遅れてごめん、みんな。俺も積み込みとか手伝うでえ。」
「すみません、何も手伝いもせずに。」
二人が合流する。周囲の人々は暖かく二人を見守る。そこに船長とドクターがやってきた。
「私は向こう行って積み込みの手伝いしているからね。」
リールはウインクをして、船へと走っていった。
「おう、ボウズ。もう大丈夫そうだなあ。俺起きたとき、お前いないし、俺が意識落とす前、あの調子だっただろ。すごい動揺してたっぽいしよ。見えも聞こえもしなかったが、何となく分かったぜ。」
笑顔の船長。横に控えるドクターも同様である。
「もう吹っ切れたで。俺はもう大丈夫や。おっさんもその調子やったら大丈夫そうやな。ドクターもすっかり元気なって。それと、ドクター。昨日はすまんかったわ……。」
「おいおい、そんなしけたこと言うんじゃねえよ。聞いたぞ。お前大活躍だったんだってな。お前が取り乱してたのをみんな見てたが、同時にお前の活躍もみんな見てたんだろ。誰も気にしてねえよ、そんなこと。な、ドクター。」
「ええ。その通りですよ、ポンさん。本来、こちらが謝って頭を下げるべきなんですから。ですが、ここはあえて、ありがとうございました。とでも言っておきますよ。ポンさん、この町を救ってくれてありがとうございました。町の皆を代表して、町長より。」
ドクターもすっかり元気を取り戻しているらしい。よかった。本当に。周囲を見渡すと笑顔で溢れている。
「どや、俺すごいやろう! おっと、じゃあそろそろ荷造りの手伝いでもしてくるわな。じゃあ。」
少年は、澄んだ笑顔で、港の山のような積荷へと向かっていった。船長とドクターはその背中を見守る。
「ふっきれたようですね、本当に。」
「ああ、そうだな。でも微妙にそうじゃないっぽいな。」
「と、いうと? どういうことです?」
「あいつさあ、確かにあの重いマイナスの感情はうまいこと処理できたみたいだが。だがなあ、もしまた次もあいつの目の前で誰かが危険な目に遭ったらどうするよ。そいつが、後遺症を残すようなどうしようもないような大怪我をしたら? もしも死んでしまったら?」
はじめさっぱりだったドクターにもその言葉の意味が分かった。少年の抱えている爆弾。それはいつ爆発してもおかしくない。今回のは小爆発。それでこの始末である。この先。未来。それが大爆発しない保障なんてないのだ。
「あいつの持つ特大の爆弾。自分の目の前の人が傷つくことに耐えられない。それはあいつの重い過去からきているものだ。そんなあいつを俺は誘って、船に乗せた。海という海をひたすら漂い、モンスターフィッシュを追いかけるこの道へと引き込んだ。」
「あいつにとって、モンスターフィッシュを追うことは夢らしいが、それを後押しした自分に自信が持てないんだよ、俺は。資質があるのは間違いない。俺がそう直感したからな。だが、本人の心の性質がそれに沿っているとは限らないわけよ。」
「このまま旅を続けるなら。誰かがあいつの前で取り返しのない怪我をするだろう、確実によ。誰かがあいつの前で死ぬ。それは避けられないことだ。あいつがそれに耐えられるのか。耐えて、それでもまだ大好きな釣りを続けたいのか。あいつが本当の意味でモンスターフィッシャーであり続けられるのかどうか? 釣りをずっと好きでいられるのか? 俺には分からねえんだよなあ、くそっ。」
そう言い、地面を蹴る船長。黙って、真剣な顔でただ聞いていたドクターが口を開く。
「それを助けてあげるまでがあなたの、誘った者の責任でしょうに。兄貴分のあなたが彼を導いてあげなくてどうしますか。期待してますよ、船長。」
肩を一度叩いたドクターは、後ろを向いたまま手を振って立ち去っていくのだった。
夕方。船出のときである。船長と少年以外の全船員たちは船に乗り込む。町の人たち総出での見送りである。皆笑顔で手を振り、言葉を互いに送りあっている。
「なるほど。阿蘇山島へ向かう途中だったんですね。邪魔してしまい申し訳ありませんでした。」
「まあ、いいってことよ。」
「ポンさん。あなたにいくつか渡すものがあります。本来なら船長に渡すべきでしょうが、あえて私はあなたに贈りたいのです。」
笑顔の船長とドクター。あらかじめ打ち合わせしていたのだ。少年はドクターに目を合わせる。
「これです。モンスターチェッカーの予備です。それと、この機械を。」
ドクターが手渡したのは、チェッカーで一杯の木箱と、正方形の、少年の掌程度の大きさの真っ黒な機械だった。少年は、それを傾けたり、裏向けたり、調べるが何かさっぱり。
「握ってみてください。」
「こう?」
光の束が浮かび上がり、映像を形作る。ドクターの形をした光の像ができた。目の前のドクターが手を振ると、映像のドクターも同じように手を振る。
「これなんなんや?」
「"虚像付き通信機"ですよ。チェッカーと同じように太陽に当てることで充電できるようになっています。私に聞きたいことがあったらそれ使ってください。私も同じの持ってますので、それ使って、通信できるんですよ。再現するの大変でしたよ、ほんと。」
ドクターは少年にとんでもないものを手渡したのだ。そもそも、今の時代、通信機すら失伝している。虚像付き通信機。これは、テレビ電話の進化系、ホログラム電話である。お互いの姿を3Dの像でリアルタイムで見せながら会話できるものなのだ。
この技術はお金にすればもう、価値はつけられないところまでいくだろうと容易に少年は予想できた。
「握ったら、それに対になる機械の持ち主が光の像となって目の前に現れるんですよ。なにかあったらそれで連絡してください。私からもたまには連絡させていただきますので。」
だから、少年は手を打った。船長に押し付けるのだ。
「じゃあ、これの持ち主は船長にしといてくれ。良くも悪くもリーダーだからな。」
「了解しましたよ。あとですね、チェッカーを見てみてください。」
スイッチを押す少年。すると、
「この大きい緑の矢印と、それの下敷きになってるさらに大きい黄色の点は何なん?」
謎の点が現れる。
「緑の矢印は、あなたたちの船ですね。矢印の指し示す先が船の方向を示しています。そして、黄色の点は、この島を表しています。これでこの島の場所分かりますので、またここを訪れてください。歓迎させていただきますから。」
笑顔でそう言うドクター。あとは、チェッカーのまだ聞かされていなかった様々な機能についての説明を少年と船長が受ける。
画面に円を指で一筆書きすれば、経線緯線が消える。もう一度円を描くと現れる。
画面にバツを描くと、黒い点を表示しない、純粋な世界地図に。緑色が陸地。青色が海。茶色が町。規模によって点の大きさが変わる。一度訪れた町の点には、横に名前が浮かび上がるようになる。もう一度バツを描くと、チェッカーは機能を停止する。
「では、また会いましょう。次の目的地にでも着いたら連絡くださいね。」
ドクターは手を振って二人を見送る。
「じゃあな、ドクター。」
「またそのうち来るでえ、ドクター!」
船は地平線の向こうへと進んでいく。水の流れに従って。ドクターによると、ただ流されていくだけで出れるようになっているらしい。
徐々にスピードが上がる。船員たちは念のため全員船内に入った。ところどころにある窓から外を見る。
流される船。どんどん加速し、そして――
バシャー、
ドオオオオン。
ズウウウウウウウウウウウウウ。
青い壁に開いた巨大なほら穴を下っていく。周りは真っ暗で一切の光はない。そこをすごいスピードでただ下っていく。急流滑りそのものであった。
長い暗いトンネル。その中を色んな方向に曲がって揺られながらただ進んでいく。そのあまりのスピードにわいわいする者と、下を向いて顔を青くする者。きれいに分かれていた。
そして――
眩しい光が見えてくる。
ブッシャーーーーーーーーーーン!
数日振りの外である。スピーカで増幅された船長の声が響く。
「久々の外だぜ。っしゃああああ、出発だ。いくぜえええええ! 阿蘇山島へよ!!!」
船内は熱気で溢れるのだった。舞台は次の島、阿蘇山島へと移ろうとしている。どのような光景が待っているのか、少年は胸に期待を抱くのだった。




