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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
209/493

---037/XXX--- 蘇生の魔法は、熱と涙と愛の……

 そっから、禄にそのときの内容も、母ちゃんの表情も、そのときの声も、禄に覚えてへん……。


 母ちゃんが、気を使って、他のページから見せながら読み聞かせてくれて、ほんで、【ウイングエラガントユニコーンフィッシュ】のページに移って、それもあっという間に……、違うか……。俺がそれだけ、何も考えられんくらい、空っぽになっとったんや……。


 母ちゃんが必死に心堪えてやってくれた、【モンスターフィッシュ大典】の朗読。いつもは爺ちゃん婆ちゃんがやってくれていたそれ。


 二重の意味で苦痛を強いたっていうのに、俺は、全く元気になんてならず、それどころか、全部、左から右に抜けただけだったんや……。






「……」


 多分全部朗読して、終えた母ちゃんは、何も言わずに本閉じて、


 スッ、バタリ。


「……。ありがと、母ちゃん……」


 俺、頑張って、それだけは、何とか口にしてさ。すると、母ちゃん、潤んだ目で、俺を見たんよ。月明りが差してて、すごいよく見えたんよ。


 何だか、情けなくなって、顔逸らそうと思ったら、母ちゃん、口開いてさ。


「一本。よく、聞いて。逃げちゃ、駄目。現実から」


 優しそうな顔して、母ちゃんそう言ったんやけど、何だかとっても、怖く思えて、何か、よく分からへんけど、動けへんかってん……。予感したから。この後に何か、とても嫌な、決定的に、俺の中の何かを砕く言葉が、出てきそうな気がして……。


 で、その通りになってん。


 ガシッ。


 俺の両肩に両掌を乗せて強く掴んでさ、目の前で、母ちゃんの顔が、目が、俺の目を、顔を、じっと見てて……。


「お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、もう、死んだの」


 冷静に、でも少し振るえる声で、潤んだ目をして、そう言ったんや、言われ、てもうたんや……。そうして、俺は、そうなんやな、って、もう、どうしようもなくそうなんやな、って、思うしかできんくなってもうたんや……。


 それは、逃げでもごまかしでもない、残酷な真実やってんから……。


 そっから母ちゃんは、涙声で、俺に分かるように優しくゆっくり、でも言い聞かせるように、どうして爺ちゃんや婆ちゃんが死んだか俺に説明始めてさ……。


 もう、堪忍して欲しかったわ……。俺、それは流石に分かってたから……。爺ちゃんと婆ちゃんは、モンスターフィッシュ、【ウイングエラガントユニコーンフィッシュ】に負けたんや、って。村の奴らに見殺しにされたんやなくて、自業自得に、好き勝手に、死んでもうたんや、って……。


 俺でも分かるんや。なら、そうやって諭そうとしてる母ちゃんは、もっとよく分かっている筈や。でも、俺、もう、兎に角悲して悲しくて、結局、口、動かへんかってん……。


 ほんで、しばらくして、母ちゃんは口止まって泣き崩れるし、俺はもう、涙が止まらへんかった……。それでも母ちゃんは、また口を開いて、今度は、震えを涙を飲み込んで、少し力強い声で、けれど、明るく俺に言ったんや。


「お爺ちゃんお婆ちゃんはね、望むように死んだの。前のめりに生き続けてそのまま前に倒れるように死ねたの。だから、泣いちゃいけない。笑わないと。それは、とっても素晴らしい生き方なんだから」


 それは、人の理想の一つやって、今では思ってるけど、そのときは未だ、悲しみが大きくてどうにもならへんかった。けど、何とか、


「……そう、やな……」


 涙出続ける目を擦りながら、そうやって返事してさ……。


「だから、お爺ちゃんお婆ちゃんのことで誰に何を言われても、二人のことを誇りに思うのよ。で、そうやって、命をかけてもいい何かを、見つけて、それに向かって、前のめりに生きていけるように、今のうちから考えるの」


 そんな風に黙って聞く俺に、余裕が全く無いってことがやっと伝わったみたいでさ。母ちゃんは、何か言い足りない、未だ未だ言いたいことがあったんやろうけど、ぐっと我慢して、


「……難しかったかな。なら、取り敢えず今は笑って見送ろっ。おじいさんとおばあさんの長寿と幸福な死にざまを」


 俺はだから、頑張って笑顔を作った。けど、多分全然やったと思う。


「そうそう。そんな感じ。えらいえらい」


 そうやって、悲しく優しく潤んだ目向けて、そうしてくれる母ちゃんが、撫でられている自分が、痛々しくて、もう…―って思った瞬間、


 ガシッ、ギュッ、チュッ。


 強く強く抱きしめられて、耳元で言われたんや。


「我慢、しなくていいの。泣いて、いいの。一本。こんな、風に……」


 すすり泣き始めた母ちゃんのそれがトドメになって、


「ぅ……、ぅああああああああああ、うぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"――」


 心の中ぐちゃぐちゃなって、泣き始めてさ……。






 ……。


 で、そのまま涙枯れて、物凄く疲れて、けど、眠れんくて……。何でこんな悲しいのに、涙もう出えへんのや、って……。


 ギリギリギリ、ギリリリリ――


 歯軋らせるくらいにもう、嫌で嫌で堪らんくて。何か、しんどくて、目も霞んできてて、けど、落ちれんくて……。


 するとな、母ちゃんが、俺を抱きしめるのをやめて、俺の顔起こして、


 スッ。


「一本。未だ、お父さんも、私も、いる、でしょ」


 って。とっても優しくて、暖かくて、俺の為に絞り出した一言って感じやって、胸が熱くなってさ、けどそれでも俺、口は未だ震えててさ……、


「だから、安心して眠るのよ、今は。おやすみ、一本」


 チュッ。


 唇に温もりが触れて、何か、凄く安心してさ、そこから先は覚えてない。きっと、そのまま、安心して、寝てしまったんやったと思う――






 自分語りを終えて、少年はふと思った。


(リールお姉ちゃんがこうなってるんは、どうしようもなく不安で不安で、耐えられんくなった訳で、じゃあ、安心できれば、目覚ますんやろな、やっぱり)


 思い出す、母の愛と、それを示した行動。感じた、温もりに包まれるような、安心。愛と涙と熱の――、だから、隣の動かぬリールに少年は思い返すかのように言った。


「俺が、おるよ。未だ、おるよ。だから、」


 すっと、リールの顔へと自身の顔を近づけ、


「ゆっくり、休んで」


 チュッ。


 そうして、唇を合わせる。それは、少年にとっての、悲しみの氷砕く、何処までも優しい温もり伝える行為。伝え合う、行為。それは、少年自身の心の震えを、冷えを、温めるためのものでもあったから。


(あったかいなぁ……。リールお姉ちゃんは一人やないんや。それに、俺も、独りじゃ、な…―)


 そうして、物凄く眠たくなって、そのまま、リールの横に、もたれかかるように、意識を落として――






「……ちゃん」


(ん……?)


「……ちゃん、ポ……ん」


(なんか、落ち着く。何やろう?)


 少年はそうして目を開けると、


「ポンちゃん。おはよう」


 目を覚ましていたリールが自身の膝を枕にして寝かせた少年の頭を、赤みがかった頬をして、潤んだ目をして、微笑みかけているところであり、


 上から、暖かな雫が、


 ポトリ。


 少年の頬に、落ちた。それは、伝って、少年の唇へ、口へ。


(あぁ、あったかいわ……。良かった。俺、リールお姉ちゃんの役に立てたんや……。俺、また独りにならんで、済んだんや……)


 少年は首も起こさず、潤んだ目で、


「おはよう。リールお姉ちゃん」


 そう言った。


 そうして、上から状態を被せるように少年の頭を包んできたリールを、少年が、外から両手で抱きしめて、二人は互いを抱き寄せながら、安心を分かち合う――

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